『光明真言三千唱』
護摩壇を星の野原(西)に向けて設置する。
本式ならば形にこだわるが、略儀なので、護摩壇は注連縄を四角形に巡らせて、薪を組んだものを中央に設置して、その中に護摩木を投入する。
祈禱者のエリックは錫杖を持ち、補佐二名は二時間交代で鈴を持つ。
あとは全員白っぽい服装をして、三千唱を誦経する。
サポートに回るレンナは、飲料水と薬草の手配に、
午後八時、霊長砂漠——。
準備を整えた百五十名の有志——NWSと言っていいだろう――は、護摩壇の西に控えた千人の霊魂たちと向き合った。
エリックは彼らに向かって厳かに語りかけた。
「これから、あなたたち全員の成仏を目指して、我々は光明真言三千唱という行をおこないます。とても短いですが最高の功徳のお経なので、一緒に唱えれば浄化の力が強まるでしょう。もう何も心配することはありません。身の内に宿る光に心を委ねて、還るべき場所へ飛翔してください」
一礼して、祈祷者の群れに向き直る。
「心を一つに縒り合せて、行きます、光明真言三千唱!!」
「おおーっ!!」
気合いを入れて、百五十人が心を一つにする。
護摩壇に火が灯され、やがて炎が高く上がる。
エリックが声高く、光明真言を唱える。
「おん あぼきゃあ べいろしゃのう まか ぼだらまに はんどま じんどま はらばりたや うん」
続いて百五十人が誦経する。
「おん あぼきゃあ べいろしゃのう まか ぼだらまに はんどま じんどま はらばりたや うん」
いよいよ始まった三千唱は、見事なまでに唱和していた。
最高の功徳がこもった光明真言は、声の波となって辺りを浄めていく。
それもそのはず。出自のほとんどが民間人でも、因果界の住人でもある彼らの能力は、やはり特別なものなのだ。
その彼らが霊魂たちに寄せる同情と、成仏してほしいという願いは、声に乗って霊魂たち自身が宿す光に届く。
煩悩を焼き尽くす智慧の炎を表すという護摩の炎も、赤々と燃え上がって、光明となる。
最初の変化は子どもたちの霊魂だった。
訳がわからないながらも、光明真言の意味を無垢な心で感じ取っているのだ。
三百唱を唱えた頃、両手を広げて胸を反らせて爪先立つと白銀に輝く鳥——
世間の喜びから切り離されていた霊魂たちの歓声は、夜の闇を完全に忘れ果てていた。
両手を上げて子どもたちの魂を送る人、涙ぐむ人、ありがたさに手を合わせる人……その姿は祈祷者たちを勇気づけた。
必ず成仏させる。その一念が法力となって声に乗る。
だが、三千唱はまだ始まったばかりだった。
童話の里では、残った人々もまた三千唱の様子を、思念映像で見守っていた。
事ここに至っては増援も出せなかったが、離れていても唱和すれば、わずかながら力になる。念は時間を、空間を超えるのだ。
彼らとて、国を憂える気持ちは同じ。今日は夜通しNWSに付き合うつもりだ。
それは増援を出したウィミナリスの伝説の里と、カエリウスの民話の里も同様だった。
志願者はもっといたのだが、国の守りの要である里を手薄にするわけにはいかないので、人数を絞り込んだのだった。
そもそも霊長砂漠の砂漠化進行は、二国にとっても重要な問題である。
ウィミナリスはパラティヌスと同じく霊長砂漠と隣接しているし、カエリウスは炎樹の宮廷国と呼ばれ、西隣のパラティヌスの雨量によって、対応の仕方が違ってくるのだ。
この三国は真央界でも因果界でも、何かと融通し合う間柄だった。
だから位階者を派遣するのに、面倒な手続きは一切必要なかったのである。
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