『宇宙の海での出会い』

 宇宙そらの海は生命の揺りかごだ。

 陸地と違って人類の進出が難しいせいか、汚染の度合いが最も少ない。

 豊かな生態系と絶えることのない営みは、因果界でも変わらず生けるものの宝である。

 どこまでも広がる紺碧の海は、透き通っているために、真央界からでも、上空に水族館があるように見えるという。

 水龍は南東の諸島群(アウェンティヌス上層)を通り過ぎると、低くまっすぐに南東の方角を目指して飛んでいた。

 レンナは水龍の意図——いや、ウェンデスのと言うべきか――を朧げに察した。

 水の精霊界を目指しているのだ。

 と言っても、人が辿り着ける場所ではないのだが。

 時折、水を司る神獣である白海豚が来ることがあるらしい。

 レンナが水龍に問う。

「水の精霊界を訪ねるのですか?」

「そうだ。おまえがこれから取り組む問題には、水の精霊の協力が必要になる。協力を得るにはどうしたらよいか、わかっておるな」

「はい!」

 言ってレンナは左手で円を描いた。

「我が左手にアクエリア・ネライダ水の記憶。生命の揺りかごより湧き出でよ!」

 ここは海の真力が満ちるところ。水の精霊、アクエリア・ネライダは海より即座に沸き上がった。

 その姿は水面をまとった、長い髪の女性だった。体に吸着しているようなドレスは、水のドレープを引いている。

 レンナは使役する水の精霊に命じた。

「水の精霊界に先触れを。万世の魔女が御力をお貸し願いたく、参上致します、とお伝えして」

「御心のままに……」

 ドレスをつまんで一礼すると、アクエリア・ネライダは海に溶け込んだ。

 これで水の精霊界に伝わるだろう。

 水龍は速度を緩めずに飛び続ける。

 反応はすぐあった。

 アクエリア・ネライダが行く手の海面に立っていた。

 水龍は側までゆっくり飛んで、宙で静止した。

「許可していただけた?」

 レンナが聞くと、アクエリア・ネライダはレンナの左側にスーッと控えた。

「主君がおいでになります。水の王、クラヴィシュタ」

 そう告げた途端、左手に巨大な水飛沫が上がった。

 身を躍らせたのは、体長五メートル以上の大きな白海豚。

 滞空時間が恐ろしく長く、海に落ちた時には遠くまで波紋が広がっていった。

 レンナはあまりの美しさと見事さに感激して、言葉を失った。

 水の王は海面から顔を出すと、テレパスで語りかけてきた。

「ご機嫌よう、万世の魔女殿」

 若々しい男性の声で、とても穏やかな声音だった。

「は、はいっ、初めまして」

 思わず声が上ずるレンナ。

「大層若い娘さんだが、生命の樹の軌道線の尊い守りが包んでいる。先ほど、呪界法信奉者の悪行を消し去った技は見事だった。まだまだ人間にも希望があるということだな」

「……ありがとうございます」

 レンナは複雑な思いでお礼を言った。

 悪行を成したのもまた人間。心に戒める。

「水の記憶を正しく扱ってくれてありがとう。とても澄んだ心で呼んでくれるので、我らの下には常に良い波動が満ちているよ。……会って話がしてみたくて来てみたが、まさか水浪すいろう殿にお会いできるとは思わなかった」

水龍……水浪はこれに答えた。

「水の王にはご機嫌麗しく。大変ご無沙汰しております。人の時間で五百年ぶりでしょうか」

「天の運行はいかがですか」

「つつがなく運んでおります。これも御力の賜物かと」

「いいえ、お互いさまでしょう」

 レンナは静かに聞きながら、時間的なスケールの違いに驚いていた。

「さて、万世の魔女殿には我らに頼みがあるとか。どうぞお話しなさい」

「はい。大樹海の東に広がる霊長砂漠の砂漠化が進んで、真央界・因果界ともに、人界に振る雨が調整できずにいます。修法者、万世の占術師の修法陣の効力が切れかかっているからです。そこで、新たな修法陣の構築を私が仰せつかりました。つきましては、水の精霊界のご助力を賜りたく、参上致しました。どうぞ御力をお貸しください」

 わずか十二歳とは思えない、見事な上申だった。

 水の王は云った。

「あなたが望むだけ、力をお貸ししよう。いつでも我らが源、ネツァー永遠に呼びかけなさい」

「ありがとうございます!」

 レンナは顔を輝かせて一礼した。 











  

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