『打ち上げられたミサイル』
対岸。チュールブ大平原の境目よりも奥地から、何かが空に打ち上げられた。
「なに?」
黒く細長いものが、こちら目がけて飛んでくる。あれは――!
「ミサイル?!」
レンナは目を疑った。というのも、因果界には一人が抱えられるだけの荷物しか持ち込めない。特に機械類は動力となる電気が小規模しか手に入らないから、使用が限られる。因果界に町や都がないのはそのせいである。
そんなわけで武器を持ち込むにしても、ナイフや銃ぐらいが関の山だが、ミサイルのような巨大な兵器を扱おうと思ったら、煩雑な労力がいるはずなのだ。
それなのにミサイルを打ち上げるとは――?
この脅威に対処できるのは、今この場においてレンナしかいなかった。
レンナはちらっと水龍の方を振り返った。
水龍はこの事態に気づいて頭をもたげていたが、また大儀そうに頭を下ろして眠ってしまった。
(無視——?!)
レンナはショックを受けたが、すぐ気を取り直した。
人間のことは人間が何とかしろと云いたいのだろう。
(わかりました、何とかします!)
尾を引いて飛んでくるミサイルの弾道を予測する。
ミサイルが大平原の境目で、透明な分厚い壁に遮られてめり込んだ。
勢いは止まったかに見えた。
しかし、ギャギャギャと嫌な音を立てて、ミサイルが旋回している。
(あれは……人の悪意で動いている)
ミサイルが壁を打ち破った。
その前に次の壁が立ちはだかる。
たぶん、壁はあと一枚で終わりだ。一点突破される前に決着をつけなくては。
レンナは遠く離れた位置から、ミサイルの弾道の前あたりを指差した。
「ホール・コンジャクション!」
高く鋭く叫ぶ。
ミサイルの前の空間が歪み、渦を巻いた。
壁にめり込んでいたミサイルが、押し出されるように渦に吸い込まれていく。
そして、渦ごと空間から消えた。
「ふうっ」
レンナはじんわり額にかいた汗を拭った。
遠くに人影がある。おそらく、この地区を防衛する万世の秘法の位階者たちだろう。
顛末を見ていたはずだが、こちらには気づいていない。
「行くぞ」
頭の中に厳粛な声が響いた。
水龍がレンナのすぐ後ろまで来ていた。
「……はい」
後ろ髪引かれる思いで、レンナは水龍の背に跨った。
水龍は空を裂くように南へ向かって飛んだ。
地上の位階者たちは、事態の収拾に追われていたが、飛び去る龍とその背中に乗る少女の姿を目撃したのだった。
レンナは先ほどのショックを隠せなかった。
あのミサイルは世界の秩序を乱す、人の悪意の塊だ。
まだ紙すら満足に手に入れられない因果界で、近代兵器を造り上げる者がいる。
呪界法信奉者——無差別攻撃によって、世界の転覆を目論むテロリストたち。
万世の秘法が緩やかな発展を望んでいるのに対し、呪界法信奉者は急進的な改革を断行する。なぜなのかはわかっていない。
因果界は真央界、現実世界の映し鏡。
因果界には現実世界の風化されない戦争・紛争の傷跡が癒されることなく刻まれているのだ。
その傷跡こそ、人間の業。
拭い去れないのなら、世界に恒久的な平和が訪れことはないだろう。
絶望するか、困難に立ち向かうか。
幸いなことに、立ち向かう者——万世の秘法——は圧倒的多数だ。
いかなる兵器にも屈することはない。
修法者であるレンナの役目は重いが、あらゆる対処技能は備わっている。
技能を生かし、世界の修復に貢献すること。
それがレンナに課せられた責務であり、ひいては世界の望みだった。
深呼吸して、一段と気を引き締める。
目の前にはティアドロップ大海——
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