『龍と巡る世界の端』

 いったいどのくらい経っただろう。

 因果界に町や都はないから、行けども行けども眼下に広がるのは、森や草原、山や川ばかりだった。

 第一層真央界で言うところの、パラティヌスを北上し、ウィミナリスを通り過ぎ、アルペンディー大山脈、即ち、太陽の峰を渡った。

 そして、東に広がるチュールブ大平原、つまりは暁の地平線に差し掛かると、レンナも疲れを意識し始めた。

 すると、すぐさま水龍は下降を始めた。

「あ、ごめんなさい。まだ大丈夫です」

 レンナが言うと、空気を伝わる音ではなく、頭の中でテレパスが伝わった。

「無理しなくていい。因果界の人界の端を一周する。まだまだ旅は続く。お前は気を養う必要がある」

「……はい」

 その厳めしい声に従う。壮年の男性を思わせる声だった。

 水龍はどんどん下降していき、大平原を蛇行する大きな川岸に降りた。

 レンナが龍の背から降り立つと、彼は言った。

「ここでしばらく休憩する。自由にしていいが、わしから常に見えるところにいなさい」

「はい、では川岸におります」

 そう言って、レンナは川の方へ歩いて行った。

 丈の低い草以外は、遮るもののない川岸を下り、丸い石が転がる河原に着く。

 川の水は深く澄んでいて、遠く太陽の峰から集められている。対岸まで五十メートルはあるだろうか。

 遠く霞んで、大平原との境目を示す樹木がまばらに見えている。

 涼しい風が身体を駆け抜ける。

 太陽は中天からやや西にかかっていた。

「ここに来たの初めて……」

 レンナはくるりとあたりを眺めてから、思いついて川の水に手を浸した。ぬるめの水は緑色で豊かさを湛えている。

「うん、いい感じ」

 真央界では立ち入れない四大自然だが、因果界では、万世の秘法の位階者(正エネルギーを使う超能力者)であれば、自由に出入りできる。

 人が介在してこなかったということが、大地にこれだけの恵みを蓄積させるのだ。

 この暁の地平線は、魂の再生の地と謂われている。

 生きとし生けるものは、死ぬと銀霊鳥ステーラという鳥の姿の魂となり、西のパラティングス大樹海の向こうにあるという、星の野原へ向かう。

 そして、生前の記憶を宿した冠毛を、その地に住むという老賢者に渡して、しばらく鳥の姿で過ごす。

 やがて、銀霊鳥は大地に溶け、地の底へ沈み、冥界胎道に迎えられる。

 母なる子宮に抱かれて眠ること数百年後、魂は暁の地平線で再生し、各々の母の胎内に流星のように飛んで宿る。

 ここは生命の楽園、始まりの地である。

(ここから飛んで、お父さんとお母さんを選んで生まれていたのかな……)

 ちょっと切ない気持ちになって、レンナは胸にかけた十字架を軽く握った。

 目の前には、川が静かに流れるばかり。

 と、その時、視界の右端で何かが光った。

「……えっ?」


 

 


 

 




 










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