『大変な初仕事』

「と言っても、どこのどんな仕事をするというふうには決まっていない。これはそなたに決めてもらう。パラティヌス全体で、一番深刻で、すぐにでも修法者が取り掛からねばならない問題は何であろうか」

「……それは、霊長砂漠の砂漠化防止問題です」

 確信を持ってレンナは答えた。

「明晰な答えだ。その通り、霊長砂漠は私が施した修法陣の効力が切れつつある。よって、すぐにでも新たな修法陣を構築する必要がある」

「はい……」

「そなた、私に代わってやってごらん」

「……ええーっ!」

 思わず叫んだものの、慌てて手で口を塞ぐレンナ。 

「申し訳ありません……でも、ウェンデス様の代わりになんて、ものすごく大変だと思ったんです」

 ウェンデスはククッと笑いながら言った。

「それがわかるとは頼もしいことよの。大変だと思う一方で計画を練る、それが修法者じゃ。なぜそなたに任せようと思ったかわかるかね」

「いいえ……」

「そなたは”生命の樹の軌道線”と直結している。それも六大精霊すべてと相性がいい。つまり、大きなエネルギーを生かせる大事業に向いている、ということだ。一度修法陣を構築すれば、仮にそなたが死んだとしても修法陣は生き残る。死後は魂がガイドをするからだ。——まさにそなたは万世の秘法の落とし子と言っていい」

「あの……こんな大きな仕事を、私に任せていただいてもいいんでしょうか」

「言った通りだ。私以外には、そなたが一番適任なのだ」

「私一人で仕事をするのでしょうか?」

「計画に問題がなければ、そなた一人でも構わない。何でもそなたは一人で解決するのが好きだそうだからな」

「はい……計画を立てたら、確認していただいてもよろしいですか」

「仕方なかろうな。いつでも私のところに来なさい」

「できましたら、一人ではなく、他の人の力も借りたいのですが……」

「ほう……では修法者以外の鳥俯瞰者アスペクター平面者プレイナー方向者ベクトラーの採用を許可しよう。そなたに交渉ができるかな」

「が、頑張ります」

 面白い娘だ、とウェンデスはほくそ笑む。

 怪しかった敬語が仕事の一言で直った。

 一人で解決するのが好きだと言いながら、他者と協力することもやぶさかでない。むしろ、わずか十二歳の少女を筆頭にしなければならない、鳥俯瞰者らとの間に、軋轢が生じることを考えたら、一人でやった方が有利である。

 それを超えようというのだから、並ではない。

 成功すればその名声は他国にも轟くだろう。

「では、やってみなさい。期限は特に設けないから、万全を期すように。そなたの初仕事じゃな。一歩一歩確実にな」

「はい!」

 しっかり頷くレンナ。

 その意志の強さを確認すると、ウェンデスは頷いて、スッと右手を上に伸ばした。


「おいでんなさい」

 

 天に届くような若々しい透る声で、ウェンデスは異形のものを呼んだ。

 すると、どこを通り抜けたものか、一匹の水龍が降りてきて、ウェンデスたちの前で伏せた。

 体長十メートルほどの龍で、礼拝室の壁三面で弧を描いている。

 この因果界では、龍などの神獣・幻獣も棲んでいる。

 特に水龍は天の運行を司る神獣である。

 驚きと感激で声も出ないレンナに、ウェンデスは言った。

「そなた、今からこの水龍に乗って、世界を一周してごらん。この仕事は砂漠化問題を解決するだけでなく、世界との調和を図ることが何より大切じゃ。往ってアイディアなりインスピレーションなり掴んできなさい」

「いいんですか?!」

 レンナが興奮に顔を赤らめて言った。

「もちろんだとも。斎戒はしておるな? 私からのお祝いだ。そなたの言う、くまなく巡る、とは違うが、まぁ、疑似的に体験はできる」

「ありがとうございます!!」

 レンナは立って勢いよく頭を下げた。

 修法者になって以来、食生活から加工物を一切排除していたのが幸いした。即ちそれは心身を乱し、気を乱すのだ。神獣は気の乱れを一番嫌う。

 ウェンデスは水龍に向かって、いくつか言い含めた。 

 レンナに水龍の背中に乗るように促して、言祝ぐ。

「いっておいで。そなたにとって良い旅であるように」

「はい、往って参ります!」

 挨拶が終わると、水龍はスーッと斜め上に上昇して、レンナごと礼拝室をすり抜けた。

 そして山を登るように、上空へ飛翔した。

 たちまち小さくなる寺院や大地。

 吹き荒ぶ風とぶつかっては千切れていく雲。

 眼下に広がる世界の広大さは、レンナを高みへと押し上げる。

 その気が充実し膨れ上がるほどに、水龍は気脈と一体となり、空そのものと化す。

 瞳には世界に満つる生命エネルギーが、まるで図案のようにはっきり映っていた。

  
















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