第14話 8月20日 アダルトソープボックスダービー

 痛々しい親父さんにガレージへと呼び出された。

 これから紹介される内容をあらかじめ知るソフィから、当たり障りのない部分について質問が出る。


「いよいよだなぁオヤジ。完成したのか?」

「ああ、うん」


 どうしたんだろう、いつもならもっと、いいテンションで返ってくるのに。


「ぐくく、2人に見せたかったのはこれや」


 使い古したシーツの再利用、それが対象にかぶさっている。そのベールを今、親父さんが勢いよく取り去る、バッサアと。


「あだだだだだだ!」

「こ、これは!」


 あれだ、映画バックトゥザファニチャーの車型タイムマシン、デロリアムだ。

 しかしずいぶんと小さい。4人がけのダイニングテーブルくらいしかない。それでいて天井が造形されておらずオープンカーだ。


 無理がたたったか、ガレージの床にうずくまってしまう親父さん。

 一昨日から腰を悪くして横になっていた。彼ご自慢の乗用芝刈り機エリザベス号ごと庭の斜面から転がり落ちたのだ。


 聞くとどうやら打ち身ではないらしい、魔女の一撃だったと。日本語ではいわゆるギックリ腰。なんというタイミングで発動してしまったのか。愛する芝刈り機の下敷きにならなくてよかったが。


 どちらもただちに急を要する事態には陥らなかったものの、エリザベス号のカウルと、親父さんの腰にダメージを残した。


 痛いのならどうしてさっき、勢いよくカバーを外したのだろう。

 僕がそう感じたのを覚ったか、親父さんがその答えを提示する。


「こうやって勢いよくカバーを外した方がな、カッッッコええねや。わかるかレイジくん」


 いや、親父さん。

 顔だけニヒルに決めても、あなた今よつんばいでカッコ悪いですよ。いいセリフ台無し。


 彼から詳しい説明があるのかと思いきや、それはソフィから。


「親父は毎年、手作りミニカーレースに出場しててな。それ用のマシンさ。動力はなくて、ただ勢いよく坂を下るのを仮装しつつやる大会なんだ。変わってっだろ?」

「ソープボックスダービーや言うとるやろ。ええ加減おぼえんかい。それでな、ふたりに出てほしいんや。腰痛で出れへんワシの代わりに」


 ここまでお膳立てしたのにという共通の思いがソフィにもあるらしい、大きな声で聞き返す。


「マジでか! なんでまた? 座ってるだけで出れるんじゃねえのか?」

「それがでけたらどんなにか。悔しいがこればっかりは仕方あらへん。このまま置いといて来年乗ってもええねんけど、作るのは作るので毎年楽しみにしとるし、冬の間こいつを見続けるのが忍びなくてなぁ。今年は誰かに乗ってもらった方がいい思うて。せやからふたりにな」

「かなり凝ってる……。こんな立派なものをここで? いつの間に?」


「こないなものはなレイジくん、することのない冬の間にコツコツ作っとくねや」

「それなのに腰痛で出れないと」


「オウフ」


 言ってやるなよソフィ。親父さんさらに落ちこんだじゃないか。首がカックリ90度に折れたよ。


「いいけど。そのかわりガソリン1回分タダな」


 そうきたか。

 絶対なんの特典もなくても出てたくせに。親父さんが弱ってると思って、なんと隙をつくのがうまい。それもちょうどいい、要求しすぎない絶妙の落としどころ。

 当然親父さんの返事も悪くない。


「がめついなぁ自分。しかしわかった、それで交渉成立や。せいぜい楽しく走ってきてや。それが供養になるさかい」

「供養に?」


「ワシの魂のや」


 まだしっかり引きずっていたァ!




 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 要は坂道コロコロ手作りカーレースなのだ。エンジンなど動力の一切ない気楽な山下り。

 乗ってさえいればゴールにつく、細かい操舵はソフィがやってくれる。僕は位置エネルギーを生じさせるためだけの、いわば重りの役割。


 ソフィがマーティを演じ、僕がドクの仮装を。昨日の今日じゃ準備の時間が足りなかった。

 ドクって、白衣を着ていた場面なんてあったっけ? イメージないけど。

 仮装をしたのだ。白髪で、もじゃ頭のヅラ。当然安い。記号としては弱そう。

 ソフィもジーンズに襟付きのシャツとダウンジャケット。それでも色的には僕よりも近そう。


 こうして手作りカーレースにまったくの他力で出場するのは僕らくらいだろう。

 どんなに質問されてもいい答えを返せない。素材とか、どこで調達したとか。苦労した箇所なんて『知らない』としか言えない。


 でも、ソフィはそうじゃない。


「苦労した箇所? そうだなぁ、色かな? 質感を再現するのに時間をかけたかもしれない」


 嘘は言っていない。それでいてきちんと説明をしてもいる。さすがは陽キャ、侮れん。


 その彼女の背中越し。

 いろんな形のマシンが出場する。僕らのような車を模したものはむしろ少数。巨大バナナにミサイル、ロケット、お家、ダイニングテーブル、ソファ、潜水艦、怪獣、宇宙戦闘機、ベビーカー、菓子箱。

 およそ物であればなんでも、車輪を4つ装着して車に仕立て上げている。


 ググったら、全米で開催しているよくあるお祭りだそうで。80年の歴史があるとか。

 本来は子供たちが主役、家族参画のほのぼのムードが主体らしいが。ここポートランドでは趣きが違って大人がガチで参戦する、大人のための大人だけのソープボックスダービー。だから頭にアダルトがしっかりと冠されている。


 まったく。真剣にふざける時の大人の行動力はおそろしい。特にここアメリカでは。


 本来このお祭りには親父さんが参加するのを見物しにくるはずだった。それにまさか自分が出場する羽目になろうとは。

 僕らの順番はちょうど真ん中くらい、好評を博したダイニングテーブルの次。


 彼らはジョッキで乾杯しながら華麗にコースを走りきった。たくみに車を操りながら、飲酒もあきらめない。めちゃビールをこぼしつつも高速で駆け抜けた彼らに、会場は大盛り上がり。


 さすがは大人、運転技術やデザインのほかに、ああいうウイットを巧みに入れられては。同じ出場者として負けを認めざるを得ない。

 その状態で僕らの出番。


 スタートラインへデロリアムを押し、ソフィが前で僕がその後ろ。乗りこめばすぐにスタート。


 これはまずい流れだ。

 思い入れのない大会に思い入れのないマシンで出場し、大歓声の鳴りやんだ後のすぐ。


 沿道の観衆は通り過ぎるこちらを見ずに、自身のスマホをのぞいている。さっきの映像を確認しているのだろうか。実力主義の国だ、仕方ない。しかしなんともいたたまれない。


「いえ〜い!」


 ソフィはいい気なものだ。

 だが、この状況にもかかわらず沿道に手を振る彼女の強心臓に僕は助けられている。心強い。

 2人うつむいて黙々とただ下るより何倍もいい。僕も負けじと周囲へアピールを。


「あはは、どうも〜」


 そこまではまだ良かった。恥ずかしい思いはいくぶん楽。

 同じ傾斜で走るにしてはずいぶんと、僕が考えていたよりずっと速度が出る。体感速度はかなりのもの。


「う〜ん。これは……普通に怖い」


 でもまあ先日のレーニア・フッドラリーに比べたら。

 親父さんは走りも追求する設計をしていたらしい、かなりの高速マシンのようだ。


「あの車、速くね?」

「88マイル出してみろー!」


 沿道からはパラパラと応援が。少しずつ視線が集まってきて、そこで事件が起こった。


 小さな路面の段差を超えた直後に突然後方へ傾きソフィと僕は天を仰ぐ。


「おわっ!」

「痛あっ?」


 車両が尻もちをついたのだ。

 僕は後ろ側なので一瞬でわかった、これは後輪が外れてしまったのだと!


「うわっつ!」

「おっととっとぉお! ソフィ立て直して!」


 とっさの判断、車体にしがみつき、前方に乗るソフィを胸で受け止めて転落は免れた。あわやという場面だった。


「あ、ありがと。ドク」

「どういたしまして、マーティ?」


 本来は親父さんひとり乗りの設計のはず、僕らふたりの体重に車軸が耐えきれなかった。

 車体はごうごうと音を立てながらもなお進むのをやめない。


 しかしこれが思わぬ効果を生む。この故障が、僕が絶えず望んでいた減速をもたらした。

 さらに。


 観客が沸いている。

 最初は壊れたこの車をあざ笑っているのかと思いきや、完璧に熱狂状態、声援に歓声。全ての人のスマホがこちらを向いている。

 後ろを見ればそれに納得できた。


「そうか!」


 車体は親父さん渾身の金属フレーム。それがアスファルトと接しつつ高速で引きずられれば。


 デロリアムの後方には盛大な火花が。


「いっっっっっっけぇ〜!」

「いっっっっっっけぇ〜!」


 映画バックトゥザファニチャーを観た人なら誰でも覚えのある、時を越えた後に残るタイヤ痕が燃えるエフェクト。予期せぬアクシデントは、それを彷彿とさせるド派手な演出へと。


「オイオイオイオイ!」

「故障か? 故意か?」

「時を越えろ〜! 未来に戻れ〜!」


 僕らのタイムマシンはゴールラインを越えるとその場で力尽きた。


「ふわあ、どうにか。なんとかなった、かな?」

「あーっ! たっのしかったー!」


 いい気なもんだソフィ嬢は。僕はお尻のすぐ下で火花と発熱とがあって気が気じゃなかったってのに。

 無事に止まった今は、ジーンズに火花で穴が空いてないか、それだけが心配だ。


「おつかれさん、デロリアム」


 時を超えた僕らはすぐ人々に囲まれて、一躍時の人になった。

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