第15話 8月21日 洞窟を抜けた先でデイキャンプ
ソフィはダービー出場の代打で手に入れた給油権を早速行使するらしい。
「レイジはさ、サマースクールに一切行く予定ねえんだろ? しゃあねえからアタシが連れてってやる。今日はデイキャンプすっぞ」
また気を使っちゃって。基本いいやつなんだよなあ。男友達にほしいタイプ。
「いいねぇ〜。どこで? 山?」
「ブー」
「川?」
「ブー」
「森だ」
「ブー」
「意外と街中」
「ブー」
「じゃあわかんないよ。どこなんだよ」
「おまえまだ海を言ってねえだろ?」
海、とはね。
いま僕が言ったのは全部近場だった。願望だったのだ。
海は遠いなぁ……。
恐怖と忍耐の旅がまた始まる。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
へっへへ……。
耐えた。耐え抜いてやった。どうにか生きて車を降りた。
足はまだついている。どうやらまだ生きているらしい。
どうして運転に慣れるほどに下手になるのか理解できない。どんどん雑になるのはどうにかしてほしい。
一か八かの車線変更、目をつぶって入る合流。『ええい、お願い!』のかけ声を聞いた時は本当に耳を疑った。
急ハンドルに急ブレーキ、急発進、急加速。およそ急がつく運転操作はすべて網羅しないと気が済まないとでも言うのか。
注意力が散漫なのか、ただ単に大ざっぱなのか。こと運転に関してセンスがないのは間違いなさそうだ。
今は帰路を考えない。考えたくはない。
「ところでさ、前から聞きたかったんだけど。どうしてソフィも他の車もトンネルに入るとクラクションを鳴らすんだ? 他車に知らせるため?」
「あれか? あれは楽しみのためだ」
出たよ、要領を得ない。
そう考えているのが伝わったのか、追加の解説が入る。
「オレゴンにゃあさ、トンネルってほっとんどねえんだよ。珍しいんだ。だから自分の車のクラクションを楽しみのために鳴らす慣習があんだ」
なんだそれ、すっごいかわいい理由。
「それで? どこに連れてこられたんだ僕は」
「あれはヘイスタックロックってんだ。ああ見えて世界的な大きさの岩なんだぜ?」
「あれが世界サイズ? ただの岩礁だろ?」
「言ってろ。とにかく行ってみよう。その意外とちっちぇえはずの岩に」
誘われるがままに進んでゆく。
以前車で走った海岸と同じで、まったく沈みこまない砂浜は歩いていて気持ちいい。
岩の大きさはともかくとして、いいところだここも。
海風が絶えず吹き、8月なのに暑さをまるで感じない。なんなら長袖でも大丈夫なほどだ。
岩の上には海鳥が営巣しており、その鳴き声がなんとも耳に涼しい。自然と目線を上へと誘導される。
そこで違和感を覚えた。
ソフィと話しながらしばらく歩いたのにまるで岩に近づかない。認めて歩き始めてから10分はたつ。夢じゃあるまいし、どうして近づかないとか。
砂浜の上にぽつんとあるから感じ取れなかったが、あの岩は本当に大きいんだ。彼女が宣言していた通りに。
比べるものを近くに置いたら一目瞭然。
岩のそばに立って記念撮影をする人の小さいこと小さいこと。あの方が身長15センチくらいの人形に見える。ところが僕らもあそこまで歩いてゆけば自動的にミニチュア人形になるのだ。
小さく見えたのは錯覚だったんだ。遠近感とは不思議なものだなぁ。
岩礁改め巨岩をしっかりと堪能したあとは、目的地であるデイキャンプの場所へと向かう。
参ったよ、ヘイスタックロックから1時間も南下するとは。
「どんなところなんだ?」
「まず行ってみようぜ」
車を降りて着の身着のままでまた砂浜へ。
それで水辺まで降りてみれば、向かう先にトンネルが。
「なんだあれ?」
「な? わくわくすっだろ? アタシもここに来るのは初めてでさあ。行ってみようぜ」
トンネルとは、岬の根元を反対側まで穿つ、人が通れる程度の通路のこと。自然に発生したとは到底考えられないことから、人間が利便性で掘り抜いたものと理解した。
「なんのために?」
「それこそ行きゃあわかるって」
人工のトンネルを抜けると、そこには天然の洞窟が待っていた。ここには2種類の洞窟が存在していたのだ。
「さあ急ぐぞ、なんでも数十分しか通れねえらしいんだ」
ソフィの案内で向かう、大岩を貫く天然洞窟。
他の方は早々にくぐり、もう帰路にさしかかっている。それですれ違いざまに声をかけられた。
「今から? だったら急いで」
「ありがとう。よい一日を」
それにしても、どこかで見たっけなあの形は。
いつだっけ?
つい最近?
「あ! これってあの!」
「気づいたか? そう、貝掘りの時に遠くに見えたアレさ。近くで見るとでっけえなぁ! どんな巨人でもくぐれそうだ」
「ははっ。これだけ大きけりゃ巨大ロボだって大丈夫だろ。向こう側の世界からやってきそうだ。巨人や巨大ロボが」
声が実に響く。クラクションを鳴らす気持ちもわかろうというものだ。
「こういうところってさ、なにか言い伝えとかあったりするんじゃないの?」
「言い伝え? なんだそりゃ」
あまり歴史がないからか、それとも彼女が無知、もとい知らないのか。
「ジンクスとかさ、噂のことだよ。ここをくぐると運気が上がるとか、大金持ちになるとか」
「あ、そういやここを観光したブログになんか書いてあったような気がする」
それで彼女がスマホを操作すると、突然顔が真っ赤に。
聞いても何もないと言うので、コソッと同じであろう語句検索をして。
スリーアーチロックス、見た目そのままか。
それで?
そうか、『2人で通ると結ばれる』。
そうきたか……。
彼女の性格だ、僕をまるで意識していないんなら笑い飛ばしていい。それがあの反応。
これには僕も赤面せざるを得ない。
海岸まで無言で戻ってきて。
後ろを見やると、天然洞窟は早くも海中に没しようとしていた。
「どうにか間に合ったみてえだな」
「そうだね」
それだけ交わして。
あとは休憩がてら乾いた砂浜に腰かけた。途中運転を挟んだがヘイスタックロックからずっと歩きづめ、かれこれ2時間以上になる。
僕らが今日の最終通過者、周囲には誰の姿もなく。
そこでしばらくたわいない話をして。
日本の学校のこと。
課題とかカリキュラムとか。
友達と何をして遊ぶとか。
普通なら初日に話してなきゃおかしいような内容を、今ごろ話題にしていることに対し驚きすらある。今さら感がはんぱない。
それくらい僕らは忙しく、毎日オレゴン中を駆けまわり、オレゴンの夏を堪能していた。
ここにきてまるで踏み込まない、当たり障りのない会話が出てくるのにはまだ理由がある。
ひとつはさっきの洞窟のジンクス。はぐらかしたい思いがお互いにある。たぶん。
もうひとつは、盆踊りで生じたふたりの溝。
生じたと言うより、不可視だったものが見えるようになったと言った方が合うと思う。そもそも相容れないはずのふたりだった。
田舎娘と都会っ子。
陽キャと陰キャ。
アウトドア派とインドア派。
女子高生と男子高生。
アメリカ人と日本人。
彼女の将来と僕のこれから。
僕らはこんなにも違う。それが同じ圧力鍋でさんざ煮込まれたらどうにか混ざっただけのこと。火を止めたら圧力の魔法まで解け、一瞬で分離した。しょせんは水と油だったんだ。
そうやって燃え上がる火を止めたのは……。
僕だ。
不用意な発言だったのは間違いない。でもあの程度で割れるガラス製の魔法だったのもまた事実だ。
少し酔ったような感覚だった。それが冷静になって、相手の将来と自身の将来とを比べて。
その結果として残った微妙な距離感。
そんなことを無言になってから、とめどなく考えて。
ソフィは何を思って黙っているのか。
隣を見たらどんな顔をしているのか怖くて、変にそれがためらわれた。
それでじっと。
ただ日が沈みゆくのを眺めて。
いよいよ水平線に隠れるその時。神様はどうしてそんな意地悪をするのか、小さな奇跡を僕らに見せる。
「レぇイジ! 見たか今の!」
「グリーンフラッシュ!」
真っ赤に染まった太陽が、なんと今日だけ緑色に輝いてから沈んだ。
「光ったな緑色に! 一瞬!」
「見間違いと思ったけど、ソフィも見たのなら間違いないな!」
今はもう残照だけ。
祝福なのか、それとも揺さぶるためなのか。突然の出来事に興奮はしているが。
あとで改めてググるけど、白い太陽光が夕日でオレンジになる、あれと関係ある現象とは思うんだ。ただ、珍しい現象が見れたのだけは間違いない。
「いやあ、最後にいいもん見れたなぁ。さあて、帰るか!」
ソフィが勢いよく立ち上がる。
残光がなくなる前に車まで戻ろう。デイキャンプは存外、とてもよいものになった。
考えの整理にも。
彼女の立ち位置。僕の立ち位置。
僕たちはどんなに近づいても結局——
前をゆくソフィの背中にぶつかった。
「あっと! ごめんごめん」
どうして立ち止まったのかは知らないがぶつかったのは僕だ。
「いいや、この場合はアタシの方が謝らねえと。ごめんレイジ、今日は帰れねえ」
「それって——」
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