第13話 8月17日 貝掘りと、未知へのゲート

 車の件はそれほどだったが、さすがにウイスキーボンボンはこっぴどく叱られた。

 怒鳴られたのではない、グラウンデッドが科せられたのだ。グラウンデッドとはすなわち外出禁止令。


 冗談抜きで毎日出かけていたソフィにこれは大変な罰となった。

 静かになり。

 しおらしくなり。

 手伝いなんかも率先してやる。それでいて火が消えたよう。見ていて気の毒だった。


 親父さんもそれを見て彼女が反省したと思ったのだろう、今日は親父さんの声かけでおでかけすることになった。


「おおー。通ったことのない道ぃ」

「これってアレだろオヤジ? 今から——」

「アカンアカン、レイジくんにはまだヒミツや。ええとこ連れてったる。まあ期待しといてや〜」


 午後ぅマップを見ると車は北西へ。ヌーディストビーチを軽々越えて、西へ西へ。

 そこにあるのは——。


「海だ!」

「海だぁ〜!」


 ソフィの声の方が大きい。


 太平洋だ。

 いつも日本では東に見ていた海が、今は西に。反対側から眺めてる。


 到着してさあ降りるのかと思いきや。ズンズン車はまだまだ進む。


「え?」


 そのままなぜか砂浜に出て。


「えっ? ええっ?」


 なぜか海に入る。


「えええっ! ちょっとぉ! 親父さぁあん?」

「ガハハ!」

「はっは〜! レイジのやつ慌ててやんの。大丈夫なんだよこれくらいは。いいから楽しめ! やっふ〜い!」


 え? 車って砂浜を走れるの?


 そんな無茶をするのは親父さんだけかと思いきや、他の車も普通に入ってきている。四駆だけかと思いきや、セダンやミニバンも平気で走る。

 ここは砂浜が硬いのだ。固く締まっている。それで足もタイヤも沈まない。わだちすらできていない。


 ここはデルレイビーチ。

 一旦停車して荷台に乗り移り、また走る。

 水しぶきが気持ちいい。

 隣にはソフィがいる。それがなによりも心地いい。


 これがずっと続いたなら。続くようにするにはどうしたらいいか。そんなことを考えるようになった。




 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 そのまま海岸線に沿って進み、陸地に上がり。車がたくさん駐車している場所で僕らも停まる。特に整備のされていない、路肩の駐車場だ。


「なんだろうここ? ここに何か、お店とかあるの」

「グフっ」

「まあまあ、行ってみりゃあわかる。行こう沖へ」


「沖ぃ?」


 目線をやると。

 どこまでも干潟が広がる。砂浜の色的に、本来はこの駐車場の付近まで海水は上がるんだ。だからあそこは砂浜ではなくて干潟。今は干潮なのか。

 さらに奥の方へと視線が移る。干潟の突端、そこには人だかりができていた。


「あそこ! もしかして、駐車場の車の持ち主ってあの人たちか?」

「正解ぃ〜。アタシらも行こうぜあそこに」


 ネターツ湾、というらしい。

 親父さんは長靴を履き、僕らは何も持たないので裸足になる。

 さっき車で走っていた海岸と違い、ここは地面が柔らかい。だから場所によってはぐにゅぐにゅ足が沈む。


「ほわわわああああああ!」

「これは何度来ても慣れねえよなあ。サンダルだと穴にはまって取れなくなるし、裸足だと気持ちわりい。いや、むしろ気持ちいいから気持ちわりい」


 いやわかる、その表現。

 これに近いのは田植えだ。土壌をぬるぬるになるまで水で撹拌ののち苗を植える、あの時の田んぼに近い。小学校の時に体験教育をした、あの時の感触。


 あれは土、ここは砂だからさらに粒子が細かい。まるでプリンに足を突っ込んだかのよう。田んぼよりも甘やかで、より気持ちいいぃぃぃぃぃ!


 その間も親父さんはズンズン進む。

 そもそも親父さんは大男、一歩の幅が僕らとはまるで違う。一歩一歩深く沈み込んでしまう素足のソフィや僕と違い、彼の背中はどんどん小さくなってゆく。スコップやバケツを携えて。


「何やるんだろうこれから。いや、何やらされるんだろう」

「鋭いなレイジ。まあ楽しみにしとけ」


 干潟にスコップ?

 掘ってできるのは、穴。

 落とし穴?

 BBQじゃないし、キャンプでもない。あの人だかりは穴を掘っていったい何をしているんだ?


 親父さんが先に到着、僕らが追いつくまでに穴を掘っており。砂浜にほとんど横になり、二の腕の付け根まで手をつっこんでやっと目的のものが獲れた。


 何が?


「ほぅれ、やっと取れた。これがこの辺りで獲れるゲーパーや」

「でか! それにキモ!」


 親父さんがグロ推奨の物体を取り出した。砂の中から。

 掘った穴を埋めつくした海水で再度ジャブジャブ洗うと、より形状が明らかに。


「さらにグロくなった!」

「それを食うんだぜ? キモいよなあ」


「マジでか!」


 それは貝。なんと僕の握りこぶしと同じくらいの大きさがある。

 よく見ると普通の二枚貝のよう。決して普通ではないが。

 色は真っ黒、ニョキッと生える水管は数ミリどころか10センチ以上出ている。それで僕の親指より太い。

 だからグロいのだ。


「ん? こっちのは?」


 親父さんが掘ってできた砂山に、同じくらい大きい二枚貝を見つけた。


「ああ、それはまあ、一応キープくらいやな。ゲーパーが12個まで。その他二枚貝は20個まで。ゲーパーは20個の中に含むからな。さあ、こいつらを砂の中から捕まえてほしいんや。今日のおかずやからな。ちゃああんと捕まえな、今日のごはん抜きやで」


 それは困る。だが、捕まえるだけ捕まえて、貝だけ食べないという選択肢はないものだろうか。


「よおしレイジ、競争だ! 大きさと数!」

「負けるか!」


 数は12個までらしいから、結局は大きさだけだろうけどね。


 とりあえず掘ってみる。どんどん周りが崩れてくるから、最初から広く掘らなければならない。これは思ったよりも大変だ。


「重っも!」

「レイジ助けてくれ、コイツが砂から出てこねえ」


「手伝ってもいいけど。それは僕の方でカウントするけど、それでいいなら」

「ケチ! ケチlazy!」


 勝負にケチっていったい。


 がんばればがんばっただけ見つかる。時間制限もないので、心ゆくまで掘っていられる。

 2人とも早々に12個の数量制限に到達したので、大きさの厳選に勝負はシフトして。小さいのは丁重にリリース。


 他の顔なじみとしゃべっていた親父さんが帰ると言い出したので、そこでタイムアップ。

 さあ判定だ。


「これは勝っただろ!」

「いいや、同じくらいだって」


「次のは? これも似たようなもんだなぁ。やるなレイジ」

「ソフィもね。まさかその細腕で、恐れ入ったよ」


「ふふん?」


 腰に手を当てて誇らしげにするのがもうかわいい。

 決着は4個目までもつれこみ。僕が辛くも勝利をおさめた。


「チックショー! まさか今日が初めてのやつに負けるとか、ありえねぇー!」

「いやいや、ビギナーズラックだよ、ほんと」


 実はビギナーズラックなどではない。親父さんの加勢があった。

 2人はもう忘れているようだけど、これは外道だと言って親父さんが獲らなかった貝だ。僕はただ拾ってバケツに入れてただけ。

 だから本当は僕の負けなんだけど、どうせソフィは受け入れないし、そのままでいいやと思った。勝ったから気持ちいいし。


 曲がりきった腰を伸ばし、沖に視線を移す。だいぶ潮が満ちてきているな。


 ……きれいなところだ。


「ん? なんだあの島」

「どした?」


「ほら、あれ。あの真ん中の島だけ穴があいてる」


 それは反対側まで貫通しており、トンネルになっている。そこに青空が見えるものだからまるで門のよう。

 あれはきっと異世界へと続くゲート。


「ほんとだ、面白え。行ってみっか?」

「また今度ね」




 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 帰って料理が始まる。親父さんはすっかりお疲れ、先に一杯始めた。

 8月の日差しと干潟の照り返し、それと貝掘りの重労働と往復の長距離ドライブ。零次のHPだってもうゼロよっ!


 ……とっとと始めよう。


 専用の曲がった包丁を貝に差しこんで貝柱を切り落とす。そうすると固く口を閉ざすことができなくなり、貝の中身がこんにちは。


 グロ推奨のゲーパーも、洗って中身が見える状態になればやっと食材じみてくる。やっとだ、やっと。ギリギリだ。


 横で捌いているソフィの貝が気になった。

 外道とされたコックル、その正体は大型のアサリ。いや、たぶん厳密には違うんだろうが、似たような種類だ。まるで同じ形で大きさだけが巨大。


「この貝を使って作る料理は?」

「ないしょ〜」


「それはもういいから。なに作るんだ?」

「クラムチャウダーさ」


「クラムチャウダーだって? そんなもの、この最高の貝の魅力が半減する。貸してくれ」


 ググったら案の定、最適な料理は決してクラムチャウダーだけではない。


「まだ味噌は残ってるよね?」

「ああ。あんなに量が減らねえもんなんだなぁ。オヤジは慣れてきたみてえだが、アタシはもういいかなミソスープは」


「言ってろ。飲んだらびっくりするぞ、保証する。任せろ。味噌1300年の歴史に任せろ」

「言ったなぁ〜。よおし、アタシのクラムチャウダーと勝負しろ!」


 まるでかませ犬のごとし。その悔しがる顔もまたかわいい。

 それで今日の対決をイーブンに戻そうっていうのか? 残念ながらそれは無理だ。こっちはなにせ1300年の歴史なんだ。伊達に海を越えてない。

 まあ、クラムチャウダーも越えたのだろうが。


 未知数のゲーパーはそのままチャウダーにしてもらう。ゲーパーチャウダーとコックル味噌汁の対決。

 勝敗は当然、いうまでもない。

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