【三題噺の競作】「パズル」「田舎」「銅像」

野村絽麻子

夏の魔物

 麦わら帽子は既に敗北している。ビーチサンダルは元より戦うことを放棄し、地熱をじんわりと伝えてくる。岩盤浴、という言葉が一瞬頭をよぎったものの、堤防はそんなに優雅な空間ではない。

 釣り果はない。何しろ魚影が感じられない。この暑さでは魚たちも海底の方で凌いでいるのだろう。私も帰ろう。なんなら東京に帰りたい。スタバが恋しい。モスが。マックが。サイゼリアが。欲望に漲る足首を温い海風が掠めていく。


 店と言えばうらぶれた雑貨屋こと谷口八蔵商店があるだけの、県道とは名ばかりの田舎道をとぼとぼ歩いて帰ることを考えるだけで気が滅入る。

「ここにしかない、『何もない』」とは、この田舎町のキャッチコピーらしいが、それにしたって本当に何もないから驚く。何しろ人影もない。

 友達がみんな避暑地やら海外やらへ行くと聞き、俄然「どこか連れてけ!」と叫んだ夏の初めの事を後悔していないと言ったら嘘になる。両親共に働き盛り。弟は部活に精を出し、姉はデートに余念がない。そんな中で「そんなに言うなら」と私が放り込まれる選択肢は、予備校の夏期講習かおばあちゃんの家の二択。後者を選ぶしかなかったのは当然の帰結だ。


 釣りを諦めて引き上げることにする。おばあちゃん家の畳に寝そべってスイカでも食べよう。もし本当に魚が釣れても実は困るし、地元の悪ガキの初恋泥棒になろうなんて本気では思っていないのだから。

 釣り糸をくるくると巻き取り、立ち上がって尻をはたく。さらば、海。背を向けて堤防から地面へと続く階段を降りて行く。

 その途中、堤防裏の草むらに何かが並んでいるのが見えた。草の陰に、小さな人形のようなもの。すこし歩調を早めて階段を一息に降りる。覗き込むとそこには、像のようなものが点々とある。小さな台座に乗った銅像が八体ほど、一定の距離を保っていて、それぞれがバラバラの方向を向いている。

 しゃがみ込むと銅像はレールに沿って置かれていることがわかった。レールは比較的新しい。ということは、誰かがこれを定期的に掃除しているか。むしろ、動くのでは。

 銅像に触れてみれば、それはほんの少しの抵抗のあと、難なくレールを滑り出す。留まっていた場所には何かのマーク。もしやと覗き込めば、像の台座にも家紋のようなマークが掘られていて、これがレールに付いているマークと呼応している……のでは……。銅像をいくつか動かし、見えてきたマークと同じマークのポイントに滑らせカチリと嵌める。繰り返す内に謎解きパズルのような仕掛けは出来上がっていき、残すところ一体のみとなる。

 ……これを嵌めると、何が?

 恐る恐る、銅像の背を押しポイントへと向かわせる。ごくりと生唾を飲み込んでから、指先に力を込める。カチリ。乾いた音がした次の瞬間。

「地面が、揺れてる?」

 地震ではないと気付いたのは目の前にある堤防の壁が震え出したからだ。震えるというか、動いて、土煙と……光?

 堤防を構成する壁の一部から眩い光が降りそそぎ、たまらず目をつぶる。ゴゴゴゴという鈍い音。振動と埃。あまりのことに身を固くしていると、音が洪水のように耳に飛び込んでくる。シュォオオ。ピプピー・ピプピー・ピプピー。フラペわん入りまーす。いらっしゃいませこんにちはー。ご一緒にポテトはいかがですかー?

 嗅ぎ慣れた香り、聞き慣れた音。

「あんれ、あんだ来たのぉ?」

「……おばあちゃん……?」

 見知った声に目を開けると、そこは恋焦がれたスタバであり、マックであり、モスで松屋で、つまりはイオンモールなのだった。

 何が何だかわからず、ただ「え? え?」と辺りを見渡す私に、おばあちゃんがフラペチーノを差し出した。てんこ盛りのクリーム、濃い緑の抹茶が涼しく水滴を纏う。

 どうやら「ここにしかない、『何もない』」を尊守するため、観光客には秘密裏に拵えた内緒のイオンモールなのだった。

「んなアホな」

 とは言え、冷えた抹茶フラペチーノはとても美味しいのであった。

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