【閲覧注意】7話 魔物

 ~ご注意ください!~

 ※残酷な表現があります。

 不快に感じる可能性がある方は読むのをお控えください。









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 町中にひびわたるサイレン。

 地下室にいても、ものすごく不快ふかいなサイレン音が聞こえて来る。

 耳障みみざわりで、不気味で、リラックス出来ないのはわざと。

 この不快な効果音こうかおん避難ひなんうながしている。


 そのサイレンをかきすように何かがいている。


 ギエエエエエエエエ!

 ギエエエエエエエエ!

 ギエエエエエエエエ!


 仲間を呼ぶような規則的きそくてきな鳴き声ではない。

 れで行動しないタイプだろうか。

「魔物だ……魔物が来た!」

 そう、誰かが叫んだ。

 大人たちが我先われさきに逃げる足音が地下室にまでとどく。

「港のほうは炎が上がっているわ。学校へ避難しましょう!」

 お母さんが慌てている。

 本当に魔物が出現したんだ。

 おじいちゃんが死ぬ前に一度出現したのが前回だった。

 だから、二年前の春だ。

「俺は港に行く!マリーナはコニースを連れて逃げろ!」

「マルチェラも!」

「駄目だ。置いて行け」

「でも!」

「コニースを見殺しにする気か!」

 お父さんとお母さんとコニースも家から出て行った。

 ジュリアンはその一連の流れを地下室のドア前からながめ終わると、半開はんびらきになったドアから話しかけられる。

「『お母さん!お父さん!開けて!ここから、出して!』って、マルチェラは言わなくて良いの?」

 魔物。

 魔物だよ。

 自然災害ばかりのフェーン大陸。

 自然災害にかなう魔物はいない、はず……。

 だから、大陸内に魔物はいても、荒々あらあらしくはない。

 比較的穏ひかくてきおだやかで、森や山、谷、湖、海に生息せいそくしている。

「ジュリアン。道具を選ぶから、何か明かりをつけて」

「おかしいわ!

 じゅうぶんに、貴方は変よ!うふふふふ!

 祝福に目覚めない。

 親には地下室に閉じこめられる。

 それなのに、亡きおじい様の遺品で魔物と戦うつもりなのね。

 どういう風に育てば、そんな思考回路しこうかいろになるのよ。うふふふふ」

 ジュリアンは一時的、笑いが止まらなくなってしまった。

 あ、笑いがおさまったらしい。

「明かりをつけるのはどうかしら。

 家の照明器具で魔物を誘引ゆういんしちゃっても良いの?まあ、玄関ドアさえしめれば、光はれないと思うけど」

「お父さんが窓にはった板じゃ隙間があるから無理だ……どうしよう……」

「あら、貴方はいつもマイペースなのに急にあせってどうしたの?

 わたしと一緒に逃げれば良いじゃない?」

「……ジュリアン、と?

 一緒に?」

 ……?

「そうよ。

 そうよ!

 何で?

 ジュリアンがわたしの家に?

 小学校に避難しなくちゃいけないんだよ」

「わたしはここが安全だから、逃げも隠れてもいないだけ。学校は昨日、ルル・ヒルが男子トイレを壊して、臭いがまだ残ってるもの」

「……臭い?それだけで、ここに逃げたの?」

 さすが、お金持ちのお嬢さん。

「実はね。

 わたしの祝福は、二重種にじゅうしゅ祝福。

 生れながらの祝福は、『きんはかり』。お金に困らないってだけ。

 七歳で目覚めたのもう一つ祝福は『観測者かんそくしゃ』。貴方のお父さんの『海鳥の眼』のような監視も可能よ」

「……二重の祝福……聞いたこと、無い」

警戒けいかいするのは正しいわ。

 母親以外、二重種祝福は知らないもの。

 世界にはいろいろなタイプの祝福があるの」



「ねえ、マルチェラ。

 邪魔じゃまする馬鹿なアンブレラ小王国民もいなくなったし、もしもの話をしない?

 もちろん、手探てさぐりで武器選びを続けてもらって構わないわ」


 じゃあ、お言葉に甘えてそうさせてもらおう。

 おじいちゃんは刃物か長槍ながやりの仕事道具がある。

 国立霊園職員時代、魔物が葬送がひかえた遺体を食べにやって来ていたとかだろうな。

 でも、家の外へ持ち出すとき、長槍は大変そう。

 それに、わたしはまだ子ども。

 魔物と間合まあいは欲しい。

 けれど、長槍を魔物に投げつける力は無い。

 刃物一択かな。

「そのままの貴方がフェーン大陸以外に生まれて、十歳の誕生日を迎えたらね」


「皆に『喜ばれる』のよ」


 手探りの手がつい、止まる。

「ありえない!祝福に目覚め無い子がどうして、喜ばれるの!」

 わたしはジュリアンのほうを振り向いて、声をあげた。

「だから、小王国民って馬鹿なのよね。

 話が通じない」

「祝福に目覚め無い子は処刑される。

 どうして、喜ばれるの?

 そんな嘘、いらない……聞きたくない」

 道具選びを続けよう。

 逃げなかったわたしのせいで、魔物がここに来るかもしれない。

 ここには魔物を狩る狩人もいない。

 自分でどうにかしなくちゃいけない。

「アンブレラ小王国の国王がそういう考えだから、国民もその考えに従わなくちゃいけない。

 仕方ないのよね。残念」

 わたしは刃物を一つにしぼりこんだ。

「マルチェラは小王国から、すごく遠くへ逃げるつもりは無い?

 中ピノのメッセージカードに縛られる必要は無いと思うわよ」

 刃物を左手に持ちながら、ジュリアンに見られたくなくて、中ピノのメッセージカードを背に隠す。

「狡賢くて口が悪くて、大ピノとつるんでいる中ピノのこと、好きなの?

 だから、死ぬなら、中ピノのいる町が良いの?」

 霊園通りの向こう、貝殻坂のほうで警察官が警笛を吹きながら避難指示を出している。

「警察官が貝殻坂まで来たってことは、避難が進んでいるのね。

 いよいよ警察か狩人が魔物を駆除くじょするわ」


〈こちらはフィニー町防災無線ぼうさいむせんです。

 フィニー港広場にて魔物を狩猟します。住民の方はただちにフィニー学校へ避難してください。繰り返します。

 フィニー港広場にて魔物を狩猟します……〉

「逃げろー!魔物が迫ってるぞー!」

 警察官が非難を促す指示を出している。

「あらあら、貝殻坂まで魔物が来ちゃうじゃない?」

「馬鹿がウジャウジャいる学校に行っちゃえば良いのに」


「あっ、中ピノの家は貝殻坂に面しているわよね?」


 わたしは地下室の内階段をあがって、一階から玄関ドアに向かって出ていく。

「祝福が目覚めない子は地下室から出ちゃいけないんじゃ無いの?」とジュリアンはにこりと笑ってみせた。

 その手は震えていた。

 怖いのに、必死でわたしを誘導してくれている。

「中ピノの家には近づかせない。

 ここには……わたしにはおじいちゃんの仕事道具がある」


 家の外には、火事のときの独特の焦げ臭さが漂っていた。

 まだ、近くの家じゃない。

 けれど、遠くの家が燃えた証でもある。

 こんな十歳の誕生日はあるだろうか。

 魔物が襲来して、一般町民の誰もが非難してしまっているなんて……。

〈こちらはフィニー町防災無線です。

 ただいま、グルセルボが出現しています。

 大きな鹿のように見えます。

 見かけても、絶対に近づかないでください……〉

 ジュリアンは防火用コートを着て、フードも深く被り直す。

 わたしは視界が遮られるし、動きが鈍る。それに、わたしの防火用コートは玄関まで取りに戻らなくちゃいけない。面倒だ。

「大きな鹿?」

「ええ、マルチェラ海を渡って来たから磯臭い鹿なのよ」

「鹿って海を泳ぐの?」

「鹿きで泳ぎ切ったんじゃないかな?」

「ジュリアンはやっぱり、学校へ逃げて!」

 魔物の狩人は学校校舎を守っている。

「マルチェラ!

 ついでに、鐘を壊して!」

 振り向くと、ジュリアンは慌てて駆けつけた警察官に保護される。

 背中には、今まで感じたことのない気配。

 おそらく、グルセルボだ。

 ゆっくり、ゆっくり、わたしは(グルセルボという魔物が遠くにいるのに)熱気と対峙たいじする。


 牡鹿おじかに似ている。

 おすの鹿はめすよりも大きいし、いかつい。

 全身すみのように黒い。

 目玉は四つ以上あって、ぎょろぎょろ動いている。

 耳はとがっていて、パタパタ傾いては様々な方向から音を拾おうとしているのか……あっ、右耳から、かにが落ちた。


 グルセルボは海から港に上がり、港大通りを通らなかった。

 漁師の家を踏み荒らして、らしながら、貝殻坂へやって来た。


 グルセルボをどうやって倒すか?

 その前にまずは火に注意しなければならなそう。

 魔物が火を吐く(火を真っすぐ飛ばす)なら、吐く部位(口あるいはくちばし、眼、)をぎ落すか、傷つけるか。

 でも、グルセルボは全身の体毛が着火剤ちゃっかざいのようだ。


 ギエエエエエエエエ!

 その不気味な鳴き声は、声では無かった。

 角だ。

 角から聞こえて来た。

 正確には角笛つのぶえでは無い。

 最初は頭にれ木が生えているかと思った、二対についのたくさん枝分えだわかれした角。

 二対の角が震えて、空そのものを震わせている。

 角が震えれば、身体も震わせる。

 あっ、今までに無い毛の逆立さかだちを発見!

 角鳴きの直後、身体が震えて、周囲の上下左右前後に花火はなびが酷くい散る。


 わたしのおじいちゃんは「仕事道具」の使い方を教えてくれた。



 良いかい、マルチェラ?

 絶対に、仕事道具で、誰かを傷つけちゃいけない。

 でも、いずれ、傷つける時が必ず来てしまう。

 おじいちゃんの仕事道具はそういう未来を引き寄せて来るんだ。

 御前でも、扱えるのはこのフェーンナイフ。

 三日月型のお月さんじゃ駄目だ。

 羊歯型しだがただと御前でも難無なんなく傷つけられる。

 よく考えなくて良い。

 よくいのって使いなさい。




「おじいちゃん、誰に祈れば良いの?」

 おじいちゃんはもう死んじゃった。

 生きていない。

 だから、話すことは出来ない。

「始祖様は祝福を授けてくれたかもしれないけれど、結局目覚めなかったんだよ」


 目の前に、とうとうグルセルボがドッシンドッッシン音を立てながら、ゆるやかな貝殻坂をのぼって来た。

 咄嗟とっさに、「舵輪の墓」の方角に祈りをささげる。

 直後、風も無いのに木々が揺れる。

 強い風が吹き抜ける。


 鹿のような大きな魔物の下から、強い磯臭さとは違う、潮風が漂う。


 青白い手指が地面からのびて、魔物を押さえつけ、横倒しにしてしまう。


 わたしは迷うことなく魔物の上によじ登り、魔物の後ろ脚二本を縦に裂いていく。

 魔物の血が一気に流れ出し、動かなくなった。


 黒い丘のような、動かないままの魔物から離れると、グルセルボなんだと再認識する。

 首には苦しそうに詰まった、首輪。

 誰かに飼われていた?

 どこかの国が研究目的で収容していたのが逃げちゃったのかな?

 はっきりはわからない。


 静かになったせいもあるんだろう。

 狩人たちが様子を見に、学校から鐘の坂を通って、貝殻坂へ下りて来た。


「おい、どこへ行く!」

「……地下室に戻らないと、お父さんとお母さんが町の人たちに怒られるから」


「……御前は……チェッラ家の……」


「マルチェラ・チェッラ。

 町を救ってくれて感謝する」

「マルチェラ・チェッラ!

 魔物を倒すふりをして、町から逃げ出そうとしたな!」

 コールディー警察の平警官がわたしの頭を小突く。

「冗談は言わせない!

 マルチェラ・チェッラがグルセルボを討伐した!

 魔石と目玉は本人に直接渡す。

 そこをどけ」


 お父さんが魔物の火の始末のために貝殻坂へ来た。

 倒れた魔物。

 娘の頭を小突く警官。

 それを止めようとする狩人。

 でも、お父さんはわたしを睨んだまま。

「御前、逃げようとしたな?

 地下室に戻れ!」

「そんな言い方、無いだろう。

 英雄だぞ!」

「祝福が無い子どもは十一歳になって、専門職評議会の審査を受けられない。

 狩人の見習いにもなれない。

 情は捨てろ」

「肉親だろ!」

「たかが魔物を一頭倒しても、自然災害には対抗出来ない存在だ」

「今、渡すのも駄目なのか!」

「あの子が死ねば、魔石と目玉を遺族に渡せば良い」

「嗚呼、わかったよ!

 これは狩人の俺があずかる!」

 お父さんと狩人はほんの少しだけの間バッチバチに言い争った。

 それから、お父さんはわたしの右手を強く握って、歩き出す。

「そのフェーンナイフ……おじいちゃんが生きているかと思ったよ。

 だが、魔物を倒しても、どう抗っても、明日は処刑日だ。

 心を静めるんだ」

 わたしが左手に握っているフェーンナイフは魔物の血と脂のようなもので汚れていたのに、家に着くまでには突然の通り雨によって流されてしまった。

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