3話 男子トイレ故障中!

 ~ご注意ください!~

 ※トイレ故障こしょうの描写があります。

 不快に感じる可能性がある方は読むのをお控えください。









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 6月18日。

 わたしは十歳の誕生日前日の朝を迎えた。

 昨日の夜はお母さんが背中をとんとんしてくれている間に眠ってしまった。

 気がついたら、もう朝。

 泣き過ぎて、目のまわりはカピカピ。

 顔のむくみもひどい。

 そして、のどもガラガライガイガ。

 泣き続けたせいで、声も少しれてる。

「今日は学校をお休みする?」

「ううん、一人で行く」

「お母さんがついて行こうか?」

「一人で行ける」


 家からまっすぐ学校へ行くなんて、変な感じ。

 ルルとは友だちじゃなくなったし。

 ルルに招待されていないパーティーにお母さんと一緒に押しかけちゃったし。

 祝福が目覚めたルルに、海鳥のヌイグルミをプレゼントしたら、直接ちょくせつ受け取ってもらえなかった。

 お母さんが一生懸命作ったマル貝のグラタンと一緒にルルの家の玄関前の石畳に置いていくしかなかった。

 あのとき、同級生の女の子がわたし以外全員招待されていたはず。

 招待客全員の顔を家の中を一人一人のぞくことは出来なかったけど。

 呼ばれてないわたしがたずねたことはルルの家の中から見ていたはず。

 昨日ルルの家には同級生の女の子が招待されていたはず。

 呼ばれてないわたしが訪ねたことはルルの家の中から見ていたはず。

 ルルのお母さんはお酒を飲み過ぎて、今までたまっていたストレスを発散はっさんするように、わたしたち親子に罵声ばせいびせた。

 きっと、噂になっているだろうな……。


 やっぱり、霊園に寄ってしまう。

 舵輪のお墓の前でいつものように立つ。

 待っているわけではないけれど、やっぱり落ち着く。

「一人で学校へ行って来るね。

 わたしはもう、ルルがいなくても、平気」

 お墓をさすって、学校へ行く。


 遅刻にはならない、登校時間ギリギリに登校をする。

 学校が騒がしい。

 何か、トイレのにおいがする。


 六年生のクラス教室には、女子生徒だけ。

 男子は見当たらない。

 廊下ろうかの向こう、男子トイレ前で男子たちがさわいでいる。

 六年生で名前が同じピノの男子三人組は仲良くそろって、男子トイレに入ろうとしている。

 男子トイレからトイレの臭いがこんなにただよってくることなんてありえない。

 馬車道の馬糞ばふんじゃ無いのに……。

 一番背が大きな大ピノ。

 中くらいの中ピノ。

 三人の中で一番小さな中ピノ。

 服も手もくつも馬糞でよごれてなんかいない。

 ピノたちのイタズラじゃ無いなら、トイレの故障?

 どのみち、ブリッジ先生のヒステリーにはきこまれそうだ。

 嫌だな……。


「あ、マルチェラだ。おはよう!あのさ」

 急に同級生の女の子が話しかけて来た。

 学校よりも港近くで暮らしていて、漁師りょうしの子ステラ。

 だから、昨日はルルのパーティーに招待されていたけれど。

 あまり、話したことは無い。

「おはよう……何?」

 落ちこぼれのわたしに話しかけて来るなんて……トイレの臭いまでわたしのせいにされるの?

「昨日、ルルに海鳥のヌイグルミをプレゼントした?」

「うん……それが何?」

「やっぱり!そうなのね!

 犯人はルルだわ!」

「そうなの?」

「ルルのヌイグルミだって!渡した本人のマルチェラが認めてるのよ。そうよ!絶対、ルル!」


 どういうことかというと。

 本当に、学校で、事件が起きていた。

 器物損壊きぶつそんかい

 朝早くから、フィニー学校の男子トイレの排水設備はいすいせつびが詰まっていた。

 単純たんじゅん水漏みずもれトラブルかと思われたが、排水設備が破損・逆流ぎゃくりゅう

 男子トイレが使えない。

 もちろん、壊れていない職員用トイレ、女子トイレも、念のため使えなくしてある。

 学校中の下水道をストップさせているので、登校したのに臨時休校になるかもしれなかった。

 でも、普通に授業をしている。

 もちろん、職員用トイレと女子トイレの排水は問題無いことがわかった。


 ブリッジ先生は朝の連絡で男子トイレの事件を子どもたちに伝え始めたときからすでに、目は血走って、鼻息が荒くて、暴れ馬のようにイライラしていた。

 それでも、授業はやらなくてはいけないみたいだ。


 教室の窓の向こう側。

 学校の外には八台の仮設トイレが並べられていく。

 業者の人が「困りますよー」と廊下で校長先生と話している。

「誰かのイタズラで、排水設備が裂けて、仮復旧かりふっきゅう作業には一週間かかる」とのこと。

「海鳥のヌイグルミだったとは思うんですが、中身の綿わたをわざわざ出して……石ころをギュウギュウに詰めてありました。

 そのせいで、排水設備がパンパンに詰まって、裂けちゃったんですよ」

 授業を進めるブリッジ先生は廊下の話し声にイライラ。

 とうとう、ピシャリと音を立てて、教室のドアを閉めてしまった。

 昨日のにこやかな顔を捨てて、今は魔物のような顔になっている。

 ヒステリーを起したまま。

「ルル・ヒル!

 調子に乗るのも良い加減になさい!

 これから、目覚めた祝福を糧に、十一歳の誕生日の専門職評議会せんもんしょくひょうぎかい出席が控えているのよ」

「ブリッジ先生、まだ一年一か月先ですよ。

 それに、わたしは何も悪いことをしていません」

「いいえ。ルル・ヒルに宛てたプレゼントが排水設備に故意こいに詰められました。

 ルル・ヒルが故障させたんです。ですが、子どもにつぐないは無理でしょう。ヒル夫妻に弁償べんしょうしてもらいます!」

「わたしはやってない!

 ねえ、そうでしょ!ジュリアン!」

 ジュリアンはルルの存在を忘れたようにじっとしている。


 ジュリアンが何も喋らないため、ブリッジ先生もかたまってしまった。

 こういう言い争いのとき、ジュリアンは仲裁ちゅうさいが得意なのに。

 ただ、ジュリアンは一視線を仲が良い同級生、ローザに送った。

 乗り合い馬車組合長の孫娘まごむすめ

 父親も母親も乗り合い馬車の御者で、自宅は港から少し離れた浜辺はまべのまだもう少し奥。

 自宅横の牧場ぼくじょうは馬専用。

 ローザは自慢じまんげに椅子から立ち上がる。

 昨日はルルがジュリアンにべったりでジュリアンにえず、またたよられず、元気が無かったのに。

「ジュリアン、わたしが聞いてあげる。

 こんな質問、ジュリアンにさせるなんて酷いもん。

 ルル、男子トイレで何をしていたの?」

 ローザの気軽そうな問いかけの内容が内容だけに、一斉に笑い声が起こる。

 ルルは恥ずかしくなったのか、何も言い返せずに黙ってしまう。


 業者が教室を訪ねて来る。

 男子がトイレを使えないままなのか、どうなのか……。

「仮設トイレ八台一週間のレンタル、設置完了しました」

「業者専用が一台。

 男子学生用が七台です」

「「「ええええ!!!」」」

「各学年一台ずつではありません。

 男子生徒は空いている仮設トイレを使いなさい」とブリッジ先生は男子に命令した。

「女子が男子トイレ壊したんだ!女子が臭いトイレ使えよ!」と小ピノは真っ先に女子にブーブー言い始める。

「女子トイレ、壊そうぜ!」と、そばにいた別の男子生徒もつい声をあげてしまった。

 だけれど、中ピノは一番狡賢ずるがしこくって、

「馬鹿!ヒル家の賠償ばいしょう、すごい額だぞ。やめとけって」なんて止めに入る。

「じゃあ、トイレに行くときはアイツの家に行こうぜ!」

「学校もサボリ放題ほうだいだな!」

 男の子たちは好き放題に話している。

 ブリッジ先生は何も注意しない。

「酷い!貴方のせいよ!」

 ルルは突然、わたしに向かって怒鳴どなった。

 でも、そんなルルの頭をつかんで、その頭を机に向かって押しつけたのはブリッジ先生だった。

「『御前』のことは町中、皆知っています。『あの子』からのプレゼントを家の外に放置していたのでしょう。

 それに、『御前』の祝福はたかが『二つの傘』。

 あまり役に立ちそうに無い祝福。

 いつまでも、お祝い気分でいるつもり?」

 そして、ブリッジ先生はわたしを睨む。

「『そこの貴方』、勘違かんちがいしないで!

『貴方』をかばったなんて思わないことね!」


 ブリッジ先生はわたしに向かっても怒鳴った。

 祝福が目覚めたルルも、目覚めていないままのわたしも、学校中のお荷物だ。

 結局はそういうことなんだ。



 一時間目の授業が終わった後、ルルは母親が学校に迎えに来て、ルルは早退した。

 母親は、排水溝の汚れをった海鳥のヌイグルミと、我が子を引き取りに来た。

 あいかわらず、男子はおしゃべりしている。

 それでも、ブリッジ先生はルルがした悪いことをルルがいないのに、説教する。

「ルル・ヒルは国が創り、町が運営していた学校を壊しました。それは国に対して、とても悪いことをしたことになりますね。

 この学校にはそうやって、良い行いをする子だけが残って勉学にはげんでもらいたいわ」

 そう。

 わたしを追い出したいんだ。

 祝福が目覚めない子を教え子に持つなんて、学校の先生として恥ずかしくて、くやしいことなんだと思う。

「ヒル、学校を辞めさせられるのかな?」

更生施設こうせいしせつじゃない?」

「ここの町民の子どもが?

 ありえない、ありえない。

 そこまでじゃ、無いだろ。

 それに……国立霊園職員の子どもだから、賠償は国が肩代かたがわりするだろ」

「それじゃあ、国が国に賠償するんじゃない?」

「だから、賠償なんてしないんだよ。国が修理しゅうりして終わり」

 そんなとき、大ピノが口をすべらせる。


「それよりも、『目覚めないアイツ』のほうが大罪たいざいだって!」


 大ピノの言葉に教室中が静まり返ったのに、気づかない男子たち。

「早く墓にめちゃえば良いのに」

「おい、それは内緒だって!」と、中ピノはひたすら話をさえぎろうとする。

 大ピノは中ピノに反して、「親もそうだけど、町中の大人が話してる。もう、隠せないだろ!」と、言い返した。

「俺、霊園に見に行った。確かに、墓穴があった!本当だって!」と、小ピノまでムキになる。

 うん。そうだよ。本当だよ。

 わたしも見た。

「まあ、アイツの誕生日まで猶予ゆうよがあるから。待ってみようぜ」と大ピノがニヤリと笑った。

 今日はどの教室も男子生徒の落ち着きが無く、結局午前授業で下校することになった。

 海鳥が鳴いている声が港のほうから聞こえる。

 いつもと変わらない。

 明日のわたしの誕生日もそうであって欲しいな。

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