2話 ルル・ヒルへのプレゼント

 わたしは国立フィニー霊園に寄り道して、ジョルジョさんと一緒に外国がいこくの貝殻チョコレートを食べた。

 どうして、家族にも言いにくいことも、ジョルジョさんには話せるんだろう?

 どうして、家に帰りたくないときに霊園にっちゃうんだろう?

 あの霊園で、もう毎朝ルルと待ち合わせすることはなくなるのに。

 また、あの貝殻チョコレートが食べたくなるのかな……。



 霊園通りの街路灯がいろとうはまだ点灯していない。

 夕方なのに、まだまだ明るい。

 自分の家のドアを開けると……。

 家の中はすごく良い匂い(が入り混じって、春祭はるまつり屋台やたいでごったがえしているみたい)。

 台所では、お母さんが赤ちゃんのコニースを背負いながら、った料理を作っている。

 ぐつぐつ大鍋おおなべでマル貝の貝柱かいばしらをボイルしている。

 貝殻チョコレートでも当たり前の形。

 マルチェラ海でもおなじみの、ガッタガタの扇状貝せんじょうがい

 大きくなればなるほど、ガタガタになって、段々貝だんだんがいとも呼ばれる。

 マルチェラ海の荒波がガッタガタの原因げんいんなんだとか。

 その二枚貝は全て貝殻をはずされていて、黄色い貝柱が白い煮込にこみ料理の中をぐつぐつうきき上がってはしずんでいく。


 それにしても、この貝柱はいったい、何人前なんにんまえ

 弟のコニースはまだミルクしか飲めないのに。

 お父さんは今日も帰りが夜遅くなるか……あるいは泊まりこみで待機かもしれない。

 貝料理を作りぎじゃないかな?

「お母さん、どうしたの?」

「段々貝のマカロニグラタンよ。これから、チーズをかけて、オーブンにき目がつくまでしこんでおかなくちゃ。

 今日は小さな港町がとてもにぎやかだったのよ。

 どうしたのかと思って聞いたら、ルルが祝福に目覚めたんですって!

 そんなおめでたいニュースなのに、だまったままのヒル夫人ふじん水臭みずくさいわね。

 幼馴染みの貴方にはもちろんだけれど、家族ぐるみの付き合いがあるチェッラ家にも、内緒だったなんて」

 あ、そういうこと。

 ルルのお祝いか。

 手料理を作って、ヒル家を訪問ほうもん……うーん。

 でも、それはタイミングが良くない。

「お母さん、あのね」

「さあ、貴方もルルのお祝いの準備をしなくちゃ!」

必要無ひつようないよ。わたし、知らなかったもん」

「ルルは貴方の幼馴染みでしょ。ずっと、仲が良かったのよ。今日、貴方に目覚めたことを打ち明けなかったのは……目覚めていない貴方に同情したのね。きっと」

「そうじゃない。今朝、ルルが舵輪の墓に来なかった」

「え?今日も一緒に登下校したんじゃないの?」

「今朝は黙って、先に学校へ行っちゃってた。わたし、舵輪のお墓の前でちゃんと待ってたのに。

 だから、ルルが病気になったかもって思って。

 急いで、ルルの家に行ったら、ルルの叔母さんが州都のコーからパーティーの準備の手伝いでけつけてた。

 帰りは帰りで、ルルに近づけなかったし……」

 わかってよ、お母さん。

 女の子だったでしょ?

 わかるでしょ?

 女の子って突然、友だちじゃなくなるんだよ。

「でも、大丈夫。仲間外れなんて、思わないで。

 ルルはしばらく、祝福が目覚めるまでに時間がかかり過ぎたの。

 貴方だって、明後日の十歳のお誕生日までには祝福が目覚めるわ!ルルの次は貴方がお祝いされる番なの」

「そういうんじゃないって……」

「じゃあ、何なの?」

「ルルとはもう友だちじゃないんだと思う」

「でも、同級生じゃない?ちょっと、気まずくても、大丈夫」

 お母さんにはあの大人しくて思いやりのあるルルしか知らないんだ。

 今日のルルの様子を知らないから……。

「お母さん、勝手に決めないで」

「大丈夫よ!絶対、大丈夫。上手く行くわ」

「さあ、お祝いの料理の『マル貝のマカロニグラタン』とー、プレゼントを持って行きましょう」

「わたし、何も買ってない」

「全部、用意してあるわ。

 海鳥のヌイグルミよ。

 最後に、メッセージカードを書いて」

 こうなったら、お母さんの言うとおりにするしか無い。

 仲直りなんて出来ないと思う。

 でも、わたしだって、ルルのお祝いをしたくないわけじゃ無い。

「港で育ったフィニー町民なら、誰しも海鳥に敬意けいいはらうわ。たとえ、ヌイグルミの海鳥にもね」

「カードに、何て書けば良いの?」

「『おめでとう』とか『これからも仲良くしてね』で良いのよ。貴方の手書てがきが一番!」


 『ルルへ


 祝福が目覚めて良かったね!

 おめでとう!

 これからも、仲良くしてね!


 マルチェラ』


 海鳥のヌイグルミが入ったプレゼントバッグのリボンにメッセージカードをくくりつける。


 大きなマカロニグラタンが出来上がって、いよいよルルへ会いに行く。

 お母さんもグラタンのうつわを持って、一緒に来てくれる。

 お母さんの背中には弟のコニースがすやすや眠っている。

 ヒル家まで五軒先けんさき

 我が家からあっという到着とうちゃくする。

 りんのベルを鳴らすと、ルルの叔母さんがドレス姿で登場した。

「こんばんは、ルルの叔母さん」

「あ……マルチェラに、マルチェラのお母さん……まあ、貴方がマルチェラの弟ね」

「コニースって言うの」

「ごめんなさい」

 玄関のドアがゆっくり静かに、細心さいしん注意ちゅういを払って閉められた。

 ルルの叔母さんが申し訳なさそうに玄関前で立ち話を始める。

「ルルの希望で……祝福が既に目覚めた同級生のお友だちをお家にまねいてパーティーをすることになったの」

「それじゃあ、お祝いのプレゼントだけおくらせていただきましょう」

 玄関のドアが大きな音を立てて、開いた。

 ルルのお母さんが怒鳴り始めた。

「ウチのルルがこんなに祝福が目覚めるのが遅かったのはチェッラ家のせいよ!」

「ちょっと、ルチア。おさけの飲み過ぎよ……ゲストの子どもたちの前で、品が無いわよ」

「飲まずにはいられないわよ!ウチのルルが大人しくて何も反抗しないのを良いことに。つきまとっていたのよ。この悪物が!!!」

「パーティーに呼ばれていない。招待状も無いのに、プレゼントを持って来た?冗談じょうだんじゃ無いわ!」

「同じ霊園通りの住民だろうが、今後一切、ヒル家に関わらないで!」


 玄関奥から、同級生の女の子たちと、着飾きかざったルルが出て来た。

 ジュリアンもいる。

「ママ、受け取ってあげなきゃ。『あの子』がかわいそうよ」

 ルルがいつものように思いやりのある言葉をわたしにかけてくれた。

 いつものルルだ!

「まあ、ルルは何て優しい子なの!!!」



「ふふふ。

 だって、明日の朝にでも、家の外に捨てておけば良いじゃない。

 プレゼントって、もらったがわ転売てんばいしようが捨てようが、誰も文句もんくは言えないでしょ?」



 そんな……。

 ルルがルルじゃ無いみたい。

「おめでとう、ルル……受け取って」

 ルルに押しつけるようにプレゼントバッグを渡す。

「嫌よ。

 触りたくも無いわ。

 そこの石畳いしだたみに置いておいて」

 わたしはルルに受け取ってもらえず、ヒル家の敷地内の石畳に置くしかなかった。

 ルルのお母さんが皆を家の中に引き戻す。

 玄関前に立っているのはお母さんとわたしだけになった。

「悪いけど、料理の器の返品へんぴんはしないわ。そのまま、処分させて!」

 コニースがルルのお母さんの怒鳴り声で起きてしまっていて、とうとう泣き出してしまう。

「赤ん坊まで連れて来て、祝福が目覚めないままの子どもを同情しろなんて、よく考えたわね!」


 ヒル家の玄関ドアが、外からでも良く聞こえるように、施錠せじょうされた。

 わたしたち親子はその場からすぐに立ち去るしかなかった。

 霊園通りから話声はなしごえがする。

 ルルのお父さんと目がった。

 あと、誰かもう一人……。

 ルルのお父さんとジョルジョさんが霊園の管理を終えて、歩いてくる。

早々はやばや墓を閉じてくれて本当に助かったよ、ジョルジョ」

「もう、必要無い」

「そのせいで、ルチアの喜びが大爆発だいばくはつを起こしているさ」

「どうして、ルルはマルチェラに招待状を渡さなかったんだ?」

「二人の問題に、親が口出し出来ない。

 とにかく、私の娘のほうはこれからも健在けんざいさ」

 不吉なきざしが手招きしている。


「やあ、マルチェラ」


 ルルのお父さんはわたしには何も聞かせていないような顔でにこやかに声をかけて来た。

「お母さんのマリーナも。おや、コニースも一緒だね」

「……」

 涙よりもまず、鼻がツーンとして、鼻水が先にれた。

「マルチェラ、泣かないで」

「家に帰る!」

「ルルの祝福が目覚めたことはルルから直接聞いただろ?

 さあ、涙を拭いて。

 良かったら、我が家へ寄って行ってくれ」


「『我が家』?本当に貴方の家なの?」


 お母さんがえきれなくなって、ルルのお父さんにる。

「嗚呼、もちろん。あの家は私の母からいだ家だ。私は家のあるじだよ」

「その家の前からわたしたちチェッラ家は追い出されたのよ。かわいそうに、マルチェラ」

「そんな!そんなはずは無い。ありえない。マルチェラはルルの幼馴染みだし、チェッラ家には母のことでもお世話になった。家族ぐるみの付き合いじゃないか。

 間違いだ。本当に、何かの間違いだ」

 白々しらじらしい大人。

 海の男にはなれない、偽物にせものの笑顔。

「それに、貴方の奥様おくさまから、きちんと宣言されたわ。『同じ霊園通りの住民だろうが、今後一切、ヒル家に関わらないで!』ってね」

「わたしが何をしたの?どうして、わたしにだけ招待状が届かないの?

 どうして!どうして!」

「マイク、俺がチェッラ家を家まで送るよ」

「ジョルジョ……いや、それは駄目だ。私がきちんと誤解を解かなければ。町に変な噂が広まったら、こまるよ。

 たかが、子どもたちの間のちょっとした誤解だよ」

「ルルは舵輪の墓に今朝、来なかった。霊園にも、だ。まっすぐ、学校へ登校したんだ。

 マルチェラを置き去りにして、マルチェラはそれでも気づかずヒル家を訪問して、遅刻した」とジョルジョさんがすぐにルルのお父さんを否定ひていした。

「さあ、行こう」とジョルジョさんはわたしの右手をつないでくれる。

 お母さんはわたしの左手を強く握った。


 安心出来る家に帰っても、涙もしゃっくりも止まらない。

「大丈夫よ、マルチェラ。

 心無こころない人たちの言葉なんて気にしちゃ駄目」

 わたしの墓穴を掘ってた人がわたしを見下ろしている。


「ルルの墓穴はジョルジョさんが埋めたの!そうでしょ!

 もう、嫌!

 わたしを見ないで!

 こっちに来ないで!」


 わたしはさけぶしか無かった。

「墓穴?どういうこと?

 何を言ってるの、マルチェラ。国立霊園でどうして、墓穴なんか掘るの?

 あそこは土葬なんてしないのに」

「わたしたち二人分のお墓を作ってた!

 ルルと、わたしのお墓!

 ルルだけ見逃してもらえた!

 今日、ルルのお墓は埋められて潰されてた!」

「ほら、マルチェラ。

 チョコレートを食べたら、落ち着くよ」

 わたしはジョルジョさんの手を払いのけた。

「いらない!欲しくない!絶対、食べない!」

 チョコレートさえ、信じられない。

「貝殻チョコレートにはどくが入ってるの?だから、ルルは食べなかったの?」

「いや、ルルは父親や祖母のような霊園職員にはなりたくないから、そもそも霊園職員としたしくなりたくなかったんだ。それだけだ。

 チョコレートに毒なんか入ってない。

 夕方も、俺も同じチョコを君と一緒に食べたじゃないか……」

 ジョルジョさんはわたしを何度も抱きしめようとする。

 でも、嫌だった。

 そんなことで、終わらせたくなかった。

「ルルは殺されなかった!

 でも、わたしは殺される!」

「マルチェラ……」

「ジョルジョ。悪いけれど、帰ってちょうだい。

 マルチェラは興奮こうふんしているだけ。一晩ひとばんれば、大丈夫だから」

 お母さんは泣き続けるわたしを何のなぐさめの言葉も言わず、そばに寄り添ってくれた。

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