1章 棄民

1話 国立フィニー霊園


 6月17日の夕方。

 とうとう、祝福に目覚めていないのはフィニー学校の中でわたしだけになった。

 下校を知らせる鐘が鳴り出したので、学校からげるように、家へ帰る。


 学校の門をくぐって、すぐ。

 ゆるやかな長々ながながとした坂道さかみちへ。

 馬車道のそばの歩道を下っていく。

 坂の下まで下りれば、もう港が見える。

 でも、港までは行かない。

 坂の途中からは霊園通りのゆるやかな坂道へ抜けていく。

 霊園通りとの交差点より上の坂道は「鐘の坂」という名前。

 霊園通りとの交差点より下の坂道は「貝殻坂かいがらざか」。


 国立こくりつフィニー霊園。

 いつもはこんなピカピカの看板かんばんでは無い。

 蔓性つるせい植物しょくぶつからまったり、苔生こけむしたり、泥汚どろよごれもあったりする。

 文字がこんなにはっきり読めるくらい、看板がきれいになった。

 朝は気づかなかったな……。

 森の中の霊園の看板だから、海の潮風しおかぜさびびたところは無いけれど。

 看板横の出入り口には、「大鎌おおがまを持った隠者いんじゃぞう」と「大斧おおがまりかぶった隠者の像」が対になって正門せいもんを守っている。

 この正門の先には、霊園職員が魔物まものが来ないように、そして手順通てじゅんどおりに死者ししゃ旅路たびじ見届みとどけるための霊園職員が働いている。


 祝福と言われているのに、その意味とは真逆まぎゃくの異能力に目覚める人たちもいる。


 ルルのおばあさんの祝福は「むくいる業火ごうか」。遺体いたいれると、一瞬いっしゅん火葬かそうしてしまった。

 わたしのおじいちゃんの祝福は「冷粉れいふん」。遺体に触れなくても、とてもつめたい風で遺体を粉々こなごなにしてしまった。

 昔から、人間の遺体や動物の死骸しがいは魔物を誘引ゆういんすると言われている。

 だから、二人ともその風変ふうがわりな祝福で、国立フィニー霊園の職員を続けていた。

 もう二人は亡くなってしまったけれど、ジョルジョさんがおじいちゃんの遺体を遺灰いはいへとかえした。

 ルルのお父さんはおばあさんと似た祝福「烈火れっか」だから、霊園の職員として働いている。


 わたしのお父さんの祝福は「海鳥の眼」。

 海を知り、海を広く見渡みわたせる異能力。

 密輸船みつゆせん

 違法操業いほうそうぎょうの船。

 遭難船そうなんせん

 海難事故かいなんじこ

 密航者みっこうしゃ

 祝福が死に関する特殊な異能力では無かったから、お父さんは霊園職員にはならなかった。

 けれども、どんな悪い行いも良くない船の航行こうこうも見逃さないように頑張っている。


 わたしの祝福は誰に似るのかな?

 父方でも、おじいちゃんのような特殊な祝福は珍しかったらしい。

「二つの傘」のルルも特殊な祝福には目覚めなかった。

 だから、ルルは霊園職員にはなれない。

 わたしはどんな祝福でも良い。

 目覚めないなんて、おそろしいことにならなければ。

 それで良い。


 遺体を火葬などで骨壷こつつぼおさめた場合、霊園の納骨堂のうこつどうあるいは集合墓地しゅうごうぼちを利用出来る。

 土葬どそうなどでひつぎ防腐ぼうふ防魔処置ぼうましょちを行った遺体を納めた場合、私立霊園の土葬区画くかくに納める。

 でも、国内にある全ての国立霊園には土葬区画が無い。

 アンブレラ小王国では、「土葬は私立霊園土葬区画のみ推奨すいしょう」としているが、土葬そのものを推奨していない。

 遺体の形が遺灰に変わる火葬などがいやな人もいる。

 火葬文化の外国から来てながらく生活した人でも、魔物に食べられるから火葬一択いったくおどろきだろう。

 土葬をするには防腐・防魔処置は絶対しなければならないのに、土葬費用は高額こうがくだ。

 棺。

 防腐処置。

 魔物を近寄らせない防魔処置。

 私立霊園土葬区画購入こうにゅう

 棺を霊園まで運ぶ。

 土葬用の墓穴掘はかあなほり。

 埋葬まいそう

 土葬よう墓標ぼひょう

 どうしても、土葬希望者きぼうしゃ予期よきせぬ死に早めにそなえるよう言われている。


 たいていの町民はフィニー医療院で生まれて、フィニーの港町で育って、死んで、この国営の霊園に葬送そうそうされる。

 アンブレラ小王国出身では無い外国人のための墓地は霊園附属ふぞく外国人がいこくじん墓地ぼちに入る。

 身寄みよりの無い町民の墓は国が用意してある集合しゅうごう墓地になる。

 合葬がっそうのためのお墓だ。


 正門から伸びている白い道は「貝殻の道」。

 真っ白い貝殻が砂利じゃりのようにめられている。

 この貝殻の道の先は合葬に近いのかな……どうだろう。

 ルルと登校時の待ち合わせ場所はいつも「舵輪の墓」。

 このお墓には人の骨はおさめられていない。

 フェーン大陸をかこ荒波あらなみしずんだふね船員せんいん慰霊碑いれいひ

 海難かいなん事故じこ防止ぼうしねがうため、港湾警備隊が一年に一度春に「舵輪の墓」の前でいのりをささげている。

 霊園通り、貝殻坂、フィニー港通りの街路灯がいろとうすべて、貝殻をしたかざりになっている。


 舵輪の墓よりもまだ奥にも、小道こみちがある。

 でも、行ったことは無い。

 霊園の職員しょくいんさんがあなっている。

「ジョルジョさーん!」

「マルチェラ!?」

 わたしがこの小道よりもおくには来ないことを知っているせいか、ジョルジョさんはものすごくおどろいて、穴掘りを中断ちゅうだんする。

「お葬式そうしき?」

 どうして、国立霊園職員のジョルジョさんが国立霊園の敷地内しきちないなのに、土葬のための墓穴掘りをしているの?

「あー……まあな」

 でも、何か変だ。

 墓の穴に違和感いわかんがある。

 嗚呼、そうだ。

 穴が少し小さいんだ。

「病気の人?お年寄としより?」

「どうして、気にするんだ?」

「だって、大人の男の人のひつぎのサイズじゃないもん。

 でも、子どもなら、フィニー学校の子じゃない」

「病気やケガなら、癒し系の祝福で少しは癒せるでしょ?」

「フィニー学校の六年生だろ?

 ルル・ヒルの祝福が昨日目覚めたそうじゃないか。

 おめでたい日に、墓場はかばの墓穴掘りなんか見学けんがくすべきじゃ無いぞ」

「そうかな……」

 霊園の管理かんりで大変なジョルジョさんまで、ルルの祝福が目覚めたことを知っていた。

「そうだ。同性の同級生なら、まっすぐ家に帰って、おめかしする頃だ。たいてい、祝福が目覚めたことを祝うパーティーの招待状だって、今朝けさうちに母親がくばってるはずだ。

 招待状を学校に持って行って、無くしたのか?

 そうじゃ無いなら、さっさとパーティーへ行く準備じゅんびをするんだよ」

 ジョルジョさんはそれが昔からずっと当たり前なんだと自然に話している。


「わたしには招待状なんて無い!」


「大きな声を出してごめんなさい……もう、家に帰るから。さようなら」

「待ちなさい。少し休憩しよう!」

 ごそごそ、大きなリュックサックからチョコレートを取り出す。

「貝殻チョコレート!」

「好きだろ?」

「うん!」

 ルルは好きじゃ無かった……。

 ジョルジョさんは巻貝まきがいのチョコレートを口に含んだ。

 わたしはマル貝のチョコレートを選んだ。

 どれも味は一緒。

 でも、細やかな貝の型で作られているから、舌触したざわりが全然違ぜんぜんちがう。

 フェーン大陸とは別の大陸のチョコレートで、船で運ばれてきている。フェーンではこんな細工さいくったチョコレートがたは無い。

 それに、フェーンは蜂蜜はちみつをお砂糖さとうがわりに使う。

 でも、この貝殻チョコレートには白い砂糖さとうが使われているってジョルジョさんが教えてくれた。

 ジョルジョさんはわたしをじっと見つめている。

「本当はこんな小さな墓なんて掘りたくないんだ」

 よく見ると、手前の穴よりも奥のほうに、埋めた痕跡こんせきを見つける。

 おかしいな。

 まだ、墓標ぼひょうが無い。

 だれのお墓だろう?

「……ジョルジョさんが一人で二つも掘ってたの?」

「嗚呼。一つは必要無いから、埋めもどした」

 ジョルジョさんは手袋てぶくろをしていたけれど、チョコレートを素手すででつまんでは口に運んでいる。

 かたくなった手のマメやつめのこ黒々くろぐろとした内出血ないしゅっけつ痛々いたいたしい。

「マルチェラは舵輪の墓が好きだな」

遊具ゆうぐじゃ無いんだ。ぶら下がるなよ」

「わかってるよ!今までだって、ぶら下がったことは無いのに」

 わたしもジョルジョさんを見つめ続ける。

「ジョルジョさん、今朝けさも霊園にいたでしょ?」

 聞いた途端とたん、ジョルジョさんはわたしから目をそらした。

「霊園に魔物は来ない。不審者もいない」

「ルルは朝、舵輪の墓へ来た?」

「いいや……霊園の中でも見かけなかった」

「おじさんが言うなら、本当だね」

「マルチェラ!」

「チョコレート、ごちそうさま!」

 ジョルジョさんにはこれ以上、何も聞かない。

 わたしもこれ以上、何も考えない。

 きっと、不吉ふきつな答えが手招てまねきしているから。

「この話はもう、おしまい!」

「マルチェラ、また明日な」

「もう、ルルとは一緒に登校出来ないよ。ルルは舵輪のお墓にもう来ない」

「バイバイ、ジョルジョさん!」

 わたしは正門へ引き返す。

 わたしの家はもう少し先。

 霊園の敷地しきちうようにのびた霊園通りのもう少し奥。

 何だか、舌触りが違う。

 まだ、チョコがけない。

 口の中に残ってる。

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