【1000PV】祝福のオルガニティー【連載100話】

雨 白紫(あめ しろむらさき)

序章

序章


 新世界暦しんせかいれき5649年6月17日。

 フェーン大陸。

 アンブレラ小王国しょうおうこくコールディーしゅうフィニー。


 フィニーは港町として、さかえた時代もあったけど。

 現代は「魚を食べる文化」がすたれてきている。

 生臭なまぐさい。

 保存が難しく、いたみやすい。

 ましてや、悪物あくぶつが降らせたさわあめの影響を受けているかもしれないという風評被害ふうひょうひがいもある。


 悪物とは5649年前から、魔物を発生させて世界を破壊し尽くしたり、障り雨を降らせて世界の人々をどんどん不幸にして苦しませて来たりした存在。

 始祖様でも、悪物そのものをどうにか出来なかったらしい。

 それで、始祖様はそんな苦しみしか無い世界でも人々が生き延びることが出来るように異能力「祝福」を授けたそうだ。


 わたしはマルチェラ・チェッラ。

 家名かめいも名前も、由来ゆらいはフィニーがマルチェラ海にめんしているから。

 名前の語尾ごびはチェラ。

 家名の語尾はチェッラ。

 詰まるような音のほうが、このコールディー州独特のなまり。

 わたしがコールディー州以外で結婚して、結婚相手の家名を名乗るときに「公用語でもかまわないから」マルチェラ海を忘れないで欲しいという願いが込められている。

 そんな願いよりも、もっと大事なことがあったはずなのに。

「始祖様が授けてくれた祝福と呼ばれる異能力に早く目覚めることが出来ますように」なんて願いは、最高だと思う。

 わたしは他の子と違って、いまだに祝福が目覚めていない子だ。

海鳥うみどり」の祝福があるお父さんは港湾警備こうわんけいび大忙おおいそがし。

いやしの風」のお母さんは赤ちゃんのお世話で今は大変だけれど、医療院いりょういんで働いていた。

「土の手」のお兄ちゃんはコールディー州都のコーで働いている。

かぎばん」のお兄ちゃんはコールディー州と隣接するディクセル州に住んでいる。

千耳せんじ」のお姉ちゃんもディクセル州で商会しょうかい窓口業務まどぐちぎょうむ

 皆、目覚めた祝福を大切にして、将来の仕事に役立っている。

 わたしと、赤ちゃんの弟は目覚めていない。

 良いよなー、赤ちゃんは気楽で。

 弟のコニースはミルクが欲しくてふぎゃふぎゃ泣いている。

 わたしはもう学校へ行く時間。

 わたしの家は港とは反対側。でも、もっとの反対側の学校までは行かない。霊園通れいえんどおりの家の子。

 九歳十一か月。

 もうすぐ、十歳になる。

 祝福が目覚めるのは十歳の誕生日までに「必ず」と言われている。

 例外なんてありえない。

 だから、もしも目覚めなかったらなんて考えちゃって、怖くて……。


 平日の毎朝、家を出て、学校に通う。

 わたしが五歳の頃から通っているフィニー学校。

 よくある、田舎いなかに一校しか無い、小さな学校。

 アンブレラ小王国も公用語にしているフェーン語の読み書き。

 計算。

 運動。

 歴史。

 勉強はどれも嫌い。

 だから、早く始祖しそ様がさずけてくれているはずの祝福しゅくふくに目覚めたい。

 祝福は生きるために必要な異能いのうの力。

 でも、わたしはまだ目覚めていない。

 勉強も駄目だめなのに、祝福まで落ちこぼれ。

 そんな気持ちを学校の皆に気づかれたくない。


 でも、大丈夫。

 わたしには何でも相談出来る友だちがいるもん。

 わたしと同じ子が幼馴染おさななじみ。

 勉強も苦手、祝福にも目覚めていない。

 同じ霊園通りの子。

 ルル・ヒル。


 いつも、一緒に霊園を突き抜けて登校する。

 待ち合わせ場所は家から近い、霊園のお墓。

 登校時間なのに、ルルが来る気配が無い。

 急いで、来た道を戻る。


 霊園通りのルルの家を訪ねた。

「ルル、おはよう!」

 玄関ドアに向かえって、声かけをする。

 でも、出て来たのはルルのお母さんでも無かった。

 出て来たのはコールディー州庁舎しゅうちょうしゃがある大きな都市に住んでいるルルの叔母おばさん。

 エプロンには、ナスのいた黒紫色くろむらさきいろかわと。あと、トマトソースのよごれが目立った。

「あ、マルチェラ?もう、ルルは登校しちゃったの。

 約束してた?」

「うん。今日は待ち合わせ場所の舵輪だりんのおはかに来てなかったから」

「あら、ごめんなさいね」

「ううん。じゃあ、もう行くね」

馬車道ばしゃみちに気をつけてね」

 すごく良い匂いがした。

 朝からたくさん料理を作って、どうしたんだろう?


 わたしだけがモヤモヤしているのに、今日も朝から通学路はにぎやか。

 フィニーの港町を分断する大きな一直線の道路。

 魚を他の町へ運ぶ馬車。

 野菜や果物を他の町から運んで来た馬車。

 そんな馬車道の両脇りょうわきには歩道がある。

 歩いていると見えて来る。

 防風林ぼうふうりんにしっかり囲まれた、赤色の屋根。

 港から沖合おきあいに出ても、この赤色の屋根だけは見えるらしい。

 あと、ウルサイ学校のかね

 ガラガラガラー。

 遠足でコールディー州庁舎を見学したときに聞いたカランコロンと明るくきれいな鐘とは違う。

 州庁舎の鐘は「子どもの鐘」と呼ばれるのに。

 学校の鐘は「おじさんのうがい」と笑われる。



 鐘が鳴り終わって十分。

 九歳から十歳までの六年生クラス教室に着く。

「……おはようございます」

 にぎやかだった教室が静まり返る。

 クラス担任たんにんのブリッジ先生は笑顔から怒る顔に変わった。

「マルチェッラ、遅刻よ。

 鐘が聞こえたでしょ?」

 登校時間の終わりを告げる鐘。

 そんな音が聞こえたところで、すぐに学校に着けない。

「……」

 十九人の同級生はルルのことを見ている。

 わたしも、ルルのことを見ている。

 どうして、どうして……待ち合わせ場所に来なかったの?

 でも、ルルはわたしのほうを見ない。

 席が近い、女の子たちと何かヒソヒソ話している。

「ルル。いつも、一緒に登校してるでしょ?……まあ、良いわ。今日はお祝いの日。

 悪いのは遅刻したマルチェラだもの。

 これから十分間。マルチェラだけ教室の後ろに立って、反省しなさい」

 教室の後ろは本当なら目立たないけど、皆クスクス笑って後ろを振り返って見て来る。

 十分間も目立っちゃう。


「皆さんに素晴すばらしいお知らせがあります。

 ルル・ヒルの祝福が目覚めました。おめでとう!

 皆さん、拍手はくしゅをしましょう」


 拍手がわく。

 祝福が目覚めたら、お祝いをする。

 それがこの国の文化。


「おめでとう、ルル!」

 わたしはルルのそばへ駆け寄ろうとした。

「駄目よ、マルチェラ。教室の後ろにいなさい!」

 ブリッジ先生がわたしに向かって、怒鳴どなった。

 クラスのお祝いムードが一気に下がる。

「何なの?」

「アイツ、ルルのお祝いの邪魔じゃままでしたぞ」

「かわいそうなルル」

 いくつも漁船ぎょせんを所有している、お金持ちの家の子ジュリアン・ロープが席から立ち上がった。

「まあまあ、マルチェラは放っておいて、お祝いの続きをしましょう」

「「「賛成さんせい!!!」」」

「先生もジュリアンに賛成よ。

 クラスをまとめてくれてありがとう、ジュリアン。

 やっぱり、祝福の早い子はたよれる存在ね。

 ルル・ヒル、目覚めた祝福は何だったの?

 皆に教えてあげなさい」

「『二つのかさ』です」

めずらしい祝福じゃない!すごーい!」

さわあめ耐性たいせいが上昇するんだって」

 ブリッジ先生はわたしのところへやって来た。

「皆さんの中には生まれたときから目覚めている人も多いと思います。

 でも、残念ながら、このクラスで目覚めていないのは貴方だけになったわ。

 ねえ、マルチェラ。

 貴方も残念よね?」

「ここはもともと旧世界きゅうせかいでした。

 十六王じゅうろくおう支配しはいしていたた旧世界が終わったとき、十六王がふうじていた世界の悪物がはなたれたのです。

 悪物が障り雨を降らせ、魔物を出現させ、人々をのろみ苦しめました。

 しかし、始祖様によって新世界が始まりました。

 外を見なさい」

 教室の窓の向こう。

 マルチェラ海上に、不気味ぶきみな障雨が降っている。

 今日は一つも船が沖合に出ていない。

 禁漁日きんぎょうびになったんだろうな。

「障り雨の耐性。

 魔物を退治する異能力いのうりょく

 この新世界で悪物に抵抗ていこうし、びることが出来るように。

 始祖様は授けてくださったのです」

 ブリッジ先生はわたしの両肩りょうかたに手を置いて、強く強くゆすぶった。

「必ず、必ず、必ず、必ず。

 十歳までには何らかの祝福が目覚めるはずです。あせることはありませんよ」

「遅刻したマルチェラは少し焦ったほうが良いわね」

 そんな中、ルルは口を開いた。

「……ちょっとかわいそう。

 クラスで目覚めていないのは『あの子』だけだよ。

 ブリッジ先生もほんの少しやさしくしてあげれば良いのに」

「ルルは優しいね。

 クラスっていうか、学校で目覚めていない子は『あの子』だけなんだよ。同情は出来ないよ」

 ジュリアンがルルと手を繋ぎ始めた。

「そうなの?五歳の子は?」

「皆、目覚めてるよ。田舎の学校は一クラス編成へんせい人数にんずうも少なくて、おくれている子は目立つから」

「十歳の誕生日までもうすぐでしょ。『あの子』は大丈夫よね?」

「祝福に目覚めない子なんて、いないわ」


「『そこの貴方』、自分の椅子いすに座りなさい」

「恥ずかしい思いをしたくないなら、他の子よりももっと努力しなさいね」

「返事は?」

「はい、ブリッジ先生」

 ブリッジ先生も、もうわたしの名前を呼ばないことにしたみたい。

 もう、学校に来たくないな……。

 わたしは下校時間の始まりを告げる鐘が鳴り出すのをひたすら、待つしかなかった。

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