夢の中で。
その夜、夢を見ていた。けれども、例の、泣き声のやつじゃない。遠くから、あの人をずっと見つめている。
『やっと、見つけた———!』
『今日からここで店を始めることにしたんだ』
『今日から新しいバイトの子が入ってね』
あの人はこっちを見ながら、寄りかかりながら、時には愛おしそうに手を伸ばしながら、毎日語りかける。その様子を同じように愛しげに、そしてちょっぴり悲しそうに見つめ続けている。
これは———
「こんばんは。」
急に声をかけられた。振り返ると白いワンピースを着た亜麻色の髪を長く伸ばした女の子が立っていた。私もはじめまして、と返そうとして声が出ないのに気が付いた。口だけがパクパクしていて、きっとはたから見れば魚だ。
この今見ているこの世界が夢だと認識してもなお、続くこの世界に不思議と冷静に対応していた。これがいつか訪れる「当たり前のこと」であったかのようだ。
「今の、見てくれた?」
私はイエスという意を込めて首を縦に大きく振る。
「彼はね、いつも私のことを訪ねてくれるの。それでその日に何があったのか、じっくり聞かせてくれる。その、記録なの。」
ぽつり、ぽつり。少女今まで抱えてきたものをこぼれすぎないよう、ひとつひとつ丁寧に語り始めた。それは少し前にレンさんがしてくれた「おとぎ話」とそっくりだった。
「彼が私を探し出して、毎日来てくれることが、最初の内は本当に幸せだった。私、まだ彼の中でそれくらいには大切な存在なんだって。でもね、月日を重ねるうちに、思ったの。私、いつまでこうやって彼を『期待』させてしばりつけておくんだろうって。どこかの誰かが、中心木は終わりを迎える一瞬だけ人の姿に戻るなんて広めてしまったみたいだけど、そんなのウソ。私たちはもう二度と戻れない。でも、彼は今日まで『期待』し続けている。」
ぱつり、ぽつり。雨音が聞こえる。大きな後悔を含んだそれは、地面に落ちて波紋を作る。それが私の足元まで来たとき、ざわりと、どこかで木々が泣いたような気がした。
「今の私にはどうすることもできない。『大丈夫』の一言をかけることも、手を伸ばして抱きしめることもできない。だから、誰か彼を救って解放してくれる人を待ってた。そうしたら、あなたが現れた。」
彼女の声は震えていた。私はたまらず、そっと、彼女の手を握りしめていた。
「どうしてかわからない。何十年もあの場所で探し続けて、それであなたが一番だと思った。『期待』の恐ろしさを、ちゃんと知っている人だと感じたから。それで、私は少しの間だけ、あなたの中に住み着いた。それでどうにか、伝えようとした。」
うまくいかなかったけど、と少女は小さく笑う。
「……私にはもう、寿命が近づいてる。だから、教えてあげてほしいの。そうでないと、彼、ずっと縛られたままだから。
勝手なのは、わかってる。私が全てどうにかしなくちゃいけないっていうのも。だけど、お願い。彼の、レンのために。」
世界は徐々に白んでいく。すうっと体から力が抜けて、握っていた手の感触もゆるゆるとなくなっていく。ようやく声が出せるようになって最後にあの子に言えたのは「さいてい」の四文字だった。
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