おとぎ話

 思えば、あのころからだった。あの妙な夢を———女の人の泣き声の夢を毎晩のように見るようになったのは。

 こんなどうでもいいことを、話すか話さないか少し悩んで私はおもむろに口を開いた。

「私、最近変な夢を見るんです。」

「変な、夢?」

 急に話題が変わったのでレンさんは訝るように聞き返した。私もそれにこたえて深くうなずいた。

「そうなんです。女の人の泣き声がするっていうところは覚えているんですけど、それ以外は全く覚えていなくて。毎回そんな感じなんです。」

 夢にレンさんが出てきたことは言わなかった。というか、言えなかった。レンさんも今日の朝のことは何も触れようとしてこない。だからあまり言うべきでもないと思ったのだ。

「‥‥‥女の人」

 レンさんはそうつぶやいたかと思うと、そのまま黙り込んでしまった。何かを考えこんでいるようで、私が言葉をはさむ余地はなかった。

 ようやくレンさんがこちらを見た時、その目は異常なほどの恐怖と緊張を語っていた。

「それ以外は、なにも言っていないんだね?」

「はい。」

 私まで、緊張してきた。口の中が乾燥してうまく声が出ない。その割に手のひらはびっしょりだった。これから、よくないことが起こりそうな予感がする。聞いてはいけないと、逃げなさいと頭の中で警鐘が鳴り響く。でもここで逃げたくない。逃げたってなくなるわけじゃない。

「中塚さん・・・・・・僕が、これから君にする話は単なるおとぎ話に過ぎないんだけど、聞いてくれないかい?」

「はい」

 レンさんがこれからなにを話そうと目を逸らさず、受け止めようと、いや受け止めなければいけないのだと、私はこっそりと決意したのだった。

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