おたまじゃくし・二
「中塚さんのお孫さん、ですか……」
初めてレンさんと会った時、レンさんははっとして、それから何かを考えこむようにして私をじっとのぞき込んでいた。ちょっぴりくるくるした髪、眼鏡の奥でぱっちりと開かれた目、細い体だけど背はそんなに低くない。私は頭から足元に視線を移しながら、こんなにも穏やかを体全体で表現した人もいないかもしれないと思った。
「最近東京の方からこっちに遊びに来たんだ。最後に来たのがだいぶ前の話だからちゃんと村のこと教えとこうと思って。」
「……よろしく、お願いします。」
このまま何も言わないのもさすがに愛想が悪いと思って形ばかりのあいさつをすると、レンさんはまったく気にしていない風に「こちらこそよろしく」とにっこり笑って見せた。たぶん、この時だったと思う。私の胸がトゥクンと揺れたのは。
「ところでなんだけどさ、中塚さん……風花さんは本屋のバイトに興味あったりしない?」
「バイト?あんたんとこで?」
レンさんの問いに先に声を上げたのはばあちゃんの方だった。怪訝そうに眉をひそめている。
「ええ。実はここ最近雑誌とか本の配達が増えていまして。従業員は僕だけなので配達に行っているときにお店が開けられなくて困っていたんです。なので、バイトと言っても店番をするだけなんです。あとその……ご察しの通りここはあまり儲かってはいないので給料はあんまり出せないんですけど。」
レンさんは申し訳なさげにポリポリと頭を掻きながら事の次第を説明した。ばあちゃんは話を聞いてああ、いいんじゃないのと最初とはうって変わって賛成のようだった。あとは私の意見だけだった。もちろん、答えはノーだ。でも、それをどう伝えていいかわからない。
「ここには、良くも悪くも何もないよ。あるのは、この村の人たちの温かい心だけ。……ちょっと、セリフ臭いかな。」
はっとした。そして反射的にばあちゃんを見た。しかしばあちゃんは小さく肩をすくめるだけ。
……もし、ここでこの話を断ったら今まで通りの何もない平坦で真っ暗な日常が待っている。それが身を守るための一番の方法だ。その、はずなのに—―――――。
ここなら、それ以上に大丈夫だと、安全な場所だと思えた。
「……やらせて、ください」
絞り出した声は聞こえるか聞こえないかのか細いもの。でもレンさんはちゃんとそれを聞き取ってくれた。
「はい、こちらこそありがとう。」
あれから初めて、目の前がぱあと開けたような気がした。
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