喜多羅村の森の噂・二

 夕方になると真上から照り付ける太陽も沈んできて、幾分か涼しくなる。お店の外で育てている朝顔たちに水をやって中に入ると、レンさんはぐうッと伸びをして「おつかれさま」と声をかけた。

「今日も暑かったねえ。」

「そうですね。まだこの暑さが続くと思うとゲンナリします。」

 まだ8月も始まったばかり。気温が落ち着くのはもっと後だろう。

「昨今は地球温暖化で気温が上がり続けてるなんていうもんね。昔はこんなじゃなかったと思うんだけど。」

「昔って、レンさんそんな年寄りじゃないでしょう。」

 私が笑って言うと、レンさんは一瞬キョトンとした顔をした。けれどもすぐに微笑んで「君達ぐらいの子達からしたらおっさんだよ」なんておどけてみせた。


「じゃあ、気をつけてね。」

 閉店作業を二人でした後に、私は帰る。けれども、レンさんはまだやりたいことがあると言っていつも残っている。だからいつも見送られるのは私の方だった。

「はい。失礼し・・・・・・」

 帰り際の決まり文句を言いかけ、私は口をつぐんだ。このまま、普段通りに帰ってしまうのはおしいような気がした。

「どうかした?」

「えっと・・・・・・」

 かといって何をどう言えばいいのかはわからない。私たちの間に変な空気が漂う。

「もしかして、昼間話していた噂のこと?」

「・・・・・・」

 いつも通りの優しいレンさんの表情、声なのに、顔色は白く、その瞳の奥には燃え上がるような怒りと恐怖がこもっていた。

 当然だ。誰しも自分の噂と聞いたら良からぬことを言われているのだと、自分のことを詮索されているのだと怒り、他人からの評価に恐怖を覚える。それは私がよくわかっているはずのことなのに。

「ごめんなさい。余計な詮索して」

「ああ・・・・・・いや、いいんだ。こちらこそごめん。中塚さんは何も悪くないから。本当に何も。・・・・・・それじゃあ」

 そう言って、レンさんは申し訳なさげに眉を下げて店の中に入っていってしまった。その背中に手を伸ばし、引っ込め、の動作を繰り返してとうとう力なくその手を下ろした。その間、レンさんはこちらを振り返らなかった。

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