品出し

 今日は入荷していた書籍を新たに店に並べる。店には山ほどの段ボールが・・・・・・とまではいかないけれど、数個の段ボールが積み重なっている。それらにしっかりとつけられたプラスチックのバンドをカッターで手際よく切って、どんどん品出ししていく。時代小説や料理や釣り、大人の女性向け雑誌が多めで、コミックスや児童向けの本というのはちらほら。この町の高齢化が目に見えてわかる。

「あ。」

 全て出し終えて、ふと、あることに気がついた。

「玉松先生の最新作、ないですね。」

 玉松先生というのは今売れっ子の恋愛小説家。おもに10代、20代に人気の作家だ。この東堂にも、最新作が出るたびに買いに来てくれる中学生に女の子がいるのだ。

「うん、やっぱりうちみたいな小さいところだとね。」

 そう言ってレンさんは微笑むけれど、そこには無念さが滲み出ている。それに釣られて私の脳内でもあの子の悲しげな表情が浮かんできて、なんとも言えないやりきれない気分になる。

「まあ、ないものを悔やんでもしかたがないさ。さ、新刊を並べてしまおう。」

 レンさんの少し慌てた気を取り直すような声に、私も鬱屈な気分を振り払って、新刊の陳列を始めるのだった。


 届いた本はそこまで多くはないので、陳列はすぐに終わってしまった。もう少し続けばよかったのにと少し残念に思う。本の陳列に関わらず、こうして二人で黙々と作業をしている時間が好きだった。それに加えて今日は、仕事に打ち込んでいないとあの子のことを考えてより沈んだ気分になってしまいそうだったからだ。

 そんな私を察してか、レンさんは気遣うように優しく微笑見ながら、「やっぱりまだ気にしてる?」と尋ねた。

「はい。この前本を買いに来てくれた時に、楽しみだって言ってくれていたので・・・・・・。楽しみに待っている読者にたった一冊の本を届けることもできないなんて、こう、自分の無力さみたいなものを痛感するというか。」

 私はまだここでバイトを初めて一ヶ月かそこらだ。でもお客さんの、本を手にした時の笑顔はたくさん見てきた。だからこそ、やり切れなさや怒りが沸々と湧いてくる。

「中塚さんは若いね。そういうことに、ちゃんと怒れる。僕なんかはもう慣れちゃって仕方ないんだって割り切っちゃうから。」

 レンさんが紡ぐ言葉は、うまく言えないがこう、何かを懐かしむような、今ではないどこか遠くに向けて投げかけられているような気がする。

「まあでも、誰かが得をすればどこかで誰かが損をする。ごく当たり前のことだけれど、これを自分のことと考えている人間は少ない。どんな世界でもね。・・・・・・僕は、少しでもその意味をわかってくれる人が増えてくれることを願ってるよ。」

 空いている扉からすうっと風が入り込んで、ほのかな太陽の匂いを感じさせる。それは懐かしさと、儚さを含んで。

 私はこの言葉の本当の意味を、まだ知らない。

 

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