妹の。



「……………………お兄ちゃん」


 ベッドの中で横たわる兄を見る。


 両親を失った私を育てる為に、人生の総てを笑顔で捨て続ける最愛の家族。


 兄が大怪我をして入院したと連絡を貰った時には、頭が真っ白になった。


 駆け付けた病院で見た時は、もう死んでしまってるのかと思うの程に、酷い怪我をしていた。兄が死んだらもう、私は生きていけないと思った。


 せめて兄に迷惑をかけない様にと、良い子に務めた。


 学校で虐められても良い子でいた。なるべく兄へ心配をかけないようにした。


 だって、兄は少し壊れているから。


「…………お兄ちゃん」


 愛しい兄の頭を撫でる。


 今はもう傷すら無いけど、あの時……、両親が殺されたあの時、私を庇って怪我をした場所。


 命に別状は無かったけど、兄の頭蓋には罅が入った。そして、前頭葉にもほんの少しだけ裂傷が残った。


 人は前頭葉に怪我をすると、落ち込みにくくなる代わりにすぐ感情的になったり、理性的な判断が出来なくなったりするらしい。


 兄はまさにその典型。


 だから、怖かった。


 ハンターになった兄が、怖かった。


 前頭葉の負傷で理性が壊れた兄が、どれだけ無茶な事をするのか分からなかったから。


 分からないのに、無茶をする事だけは分かってしまうから。


「お兄、ちゃん…………!」


 そして案の定、このザマである。


 今はもう、偶然にも高度な治療を受けることが出来て健康そのものに戻っている。だけど、最初に見た時の兄は本当に悲惨な有様だった。


 何をどうすると、手足を失うほど頑張るの? 何を考えたらそんな危ない事が出来てしまうの?


 普通じゃない。有り得ない。常人であれば、普通に逃げてる。人助けの範疇を易々と超えている。


 救助義務とか、新しい仕事の稼ぎとか、そんなものは命を賭ける理由にならない。当たり前に逃げて、当たり前な資格を失っても死ぬよりはずっと良い。


 兄は、壊れている。それはもう、見ていて痛々しい程に。


「お兄ちゃんの、ばかぁッ…………」


 涙が出て来る。ひたすらに辛い。


 稼ぎなんて要らない。お金なんて要らない。お兄ちゃんがこんな目に遭うくらいなら、食事だって要らない。


 こんな兄を見るくらいなら、二人で飢え死ぬ方がよっぽど幸せだ。


 良い子で居る。兄が望む妹で居る。そう務めてるのに、どうして兄は私が望む兄で居てくれないんだろうか。


 優しくて、私を一番に想ってくれる。多分、殆どの人が『理想の兄』と思うだろう。


 でも違う。


 優しさより、優先度より、稼ぎより、容姿より、もっと大切な事がある。


「死なないでよ、お兄ちゃん…………」


 今回は生きてた。だけど、次は?


 また同じ事が起きた時、兄は生き残れるの?


「一人に、しないでよ…………!」


 兄が助けた女性二人にお礼を言われた。その親にも。兄を助けてくれた公務員ハンターさんには「根性のある良い兄貴だな!」と褒められた。


 でも、そんな事良いから、怪我しないで欲しい。危ない事をしないで欲しい。


 管理地区なんて行かないで、お家でもやし炒めを作ってくれるお兄ちゃんで良いのだ。そんなお兄ちゃんが良いのだ。


「私は、どうすれば良いの……」


 怖い。ひたすらに怖い。


 もういっそ、このまま目が覚めなければ、もう兄はお金の為に危ない事もしなくて済むのかな。


「怖いよ、お兄ちゃん…………」


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