離脱の影。
「うわちゃぁ、めちゃくちゃしますねあの人……」
グリフォンが暴れる管理地区の交差点から程遠く、未だに崩壊を免れて聳え立つ元オフィスビルの屋上。そこに一つの影があった。
四肢を千切られながらも戦ったハジメを眺めて呟くのは、今日の朝まで彼の家で世話になっていたコトリである。
「いやぁ、あんな雑魚だけ使って生き残るとか…………」
人間止めてるなぁ、とコトリは口の中で言葉を転がした。
吐き出される事が無かった言葉は舌の上で
「途中で私に付けられた雑魚分隊が外れたお陰で離脱出来ましたし、その点はあのマナーのなってない白毛玉に感謝しましょうかね」
姫路家に居た時とは打って変わって冷たく、しかし
「で? 何か御用で?」
「ふんっ、用が有るのは貴様だろう?」
コトリの背後に居たのは、思春期男子が拗らせた様な全身オールブラックなファッションに身を包んだ男だった。
くぐもった声で返す男は黒いペストマスクを着用していて顔は見えず、漆黒のトレンチコートを身にまとって肌も一切が見えない。
「…………まぁ、そうですね。在庫は如何程で?」
「くだらん事を聞くな。吸血種が血を切らせる訳がなかろうよ」
「そも、私は帰っても良いので?」
「それは主様に問え。貴様をどうこうする権限など与えられては居ない」
「…………そっすか」
寂しそうな顔で呟いたコトリは、次の瞬間には男の背後に居た。
「────なっ!?」
「ならお前は用無しですよ」
明らかに上下関係を匂わす会話だったが、上下に於いて自らを「上」だと思っていたのは男だけだったらしく、ほんの一瞬の隙をついてコトリは男の心臓を素手で貫いて居た。
「…………がふっ」
「馬鹿っすねぇ。パワー型の私に、なんの対策も無く近付いてくるなんて」
「……なっ、なぜ」
「はぁ? なんです、それ。何に対しての質問っすか?」
汚い水音を立てながら腕を引き抜いたコトリは、その腕に付着した鮮血を舐めとる。
「何故こんな力があるか? だったら私の能力を忘れる程に盲目した己を恨んでくださいな。私は複製型っすよ。あそこで戦ってたハジメさんのバフをパクれば、お前なんて敵じゃないんですよ」
能力。それは人ならばカードを利用する事で初めて得られる物であり、もしカードも使わずにソレを持っているならば、それは人では無いという証左である。
「何故裏切ったか? って意味だったら、別に裏切っちゃいねぇですよ。単にお前が気に入らなかったから殺した。ただそれだけの事っす」
ずしゃっと音を立て倒れ伏した男に冷たい視線を投げるコトリは、姫路家で世話になっていた女性と同一人物とは思えない程に凍てついた瞳をしていた。
「んじゃ、血は頂くっすよ。わざわざ輸血袋になりに来てくれて感謝します」
コトリは既に事切れた男を抱き起こし、その首筋に牙を突き立てる。
「…………っはぁ、生き返るぅ〜」
管理地区で行き倒れ、ハジメに保護され、ルミに構われて居た女性、コトリ。彼女は人では無かった。
吸血鬼。殆どのモンスターが種族としてのランクが決まってる中での例外。始祖をSとして下はCランクまでの個体差が確認されてるバケモノである。
「いやぁ、私にも運が向いて来ましたねぇ。人の世界に足を踏み入れて、一発目で姫の存在を確認出来ましたし、守護する騎士は成り損ないとは言え特異点。これは一発逆転も見えて来ましたかね?」
いやらしい笑みを浮かべ、血を抜かれて干からびた死体を蹴り転がすコトリは、もう一度だけハジメを見た。
既に白い毛玉とコトリに呼ばれたグリフォンは討伐され、公務員付きの救助隊がハジメをタンカーに乗せて運び出すところだ。
「とは言え、あの時は本気で危なかったですし、助けてもらった恩は覚えておきますよ。姫も可愛かったですしね」
死体を蹴り転がした時とは打って変わって優しい笑顔になったコトリは、そのままビルの屋上から姿を消した。
同族の血を得て力を取り戻したコトリは、そのまま人里とは反対方向に向かう。
そこは人外魔境。人が人のまま過ごすには余りにも過酷な場所であり、今も人類が必死に攻め込んでいる最奥だった。
吸血鬼コトリ。………………Aランクモンスター。
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