祈らない。



 どれだけ気合いがあろうとも。


 ありったけを振り絞ろうとも。


 感情によって体を無理矢理にでも動かせる根性が伴おうとも。


 無理なことは無理なのだ。


「…………かフッ」


 足を潰された俺はあっという間に劣勢を強いられ、もはや何も出来ない木偶となった。


 抉られた足は残ったが、反対の足は膝から千切られた。


 右手は手首の先から消え去り、左腕は肩から先が無くなった。


 何をされたのか分からないが左目は抉られ、右目は残ってるものの何故か視力が低下して良く見えない。目の前にいるだろうグリフォンの輪郭さえ曖昧だ。


 生暖かい息が吹かかる距離に居るのは間違いないのに、視覚でそれを捉えることが酷く困難だ。


 どれだけ耐えたか? 何分か、何時間か、それすらも分からない。


 救助者は逃げ延びただろうか。ゲート付近にまで逃げてくれてれば俺も助かる可能性がまだあるが、まだちんたら走ってる最中だった場合は俺の生存も絶望的だろう。


 まぁ、だからなんだって話だが。


「──げふっ、ふぅ……。さぁ来いよクソ猫が。俺はまだ生きてるぞ」


 もしかしたら、公務員ハンターが間に合うかもしれない。


 もしかしたら、 置いて来たコトリが追い付いて来て良い感じのフォローをしてくれるかも。


 もしかしたら、グリフォンが今この瞬間飽きてどっか行くかも。


 もしかしたら、俺の隠された才能が覚醒してなんとかなるかも。


 もしかしたら、もしかしたら、もしかしたら────


 そんなifイフを想起して祈る場面で、しかしグリフォンの前肢が無慈悲に振り降ろされる気配がする。


 だから、


「──召喚サモン






 ──俺は、そんな不確かな物に命は預けない。






 召喚したゴブリンに自分を突き飛ばさせ、死絶の一閃を回避する。


 公務員ハンターが駆け付けるのが既定路線だが、奇跡的に俺の死に際へ間に合うだなんて夢は見ない。


 自分の非力さは自分が一番良く知ってる。土壇場で都合良く何かに覚醒だなんて幸運は起こらないと知ってる。だってそんな幸運が降って来るならもっと早くルミを幸せに出来てるべきだ。


 この嗜虐性が強いグリフォンが俺イジメを止める訳ないし、コトリなんて信用ならない相手の助けを祈っちゃダメだろ。


「ぎぅ──」


 凄まじい風圧が俺の真横を通り過ぎ、また一瞬だけ俺は俺を生かすことに成功したと知る。


 代わりに、俺の命令を忠実に守ったゴブリンが一匹死んだ。謝りはしない。ただ、礼は言う。


「まだ、生きてるぞ……」


 俺は祈らない。


 俺は、俺の責任で、俺を生かす。


 じゃないと、胸を張ってルミにただいまって言えないからな。


 生きるの諦めて運ゲーに祈りましただなんて、可愛い妹に言えるかよ。


「殺して見せろよグリフォン……」


 諦めて祈ったら、約束守るために頑張ったぞって言えないだろ。俺は約束守る系のお兄ちゃんなんだよ。


「grr…………」


「なぁグリフォンさんよ、妹の為に命賭ける兄貴って生き物はしぶてぇぞ……?」


 目が霞む。手足がろくに動かん。血も足りないし、次の一手を躱す作戦も無い。


 だが、それを踏まえて敢えて言おう。


「俺の人生なんてなぁ、最初から行き当たりばったりなんだよ。ルミが居ること以外は総じてクソみてぇな人生送ってんだよ……」


 今更、死にゲーが始まったからなんだってんだ。


 俺の人生、最初からオワタ式の死にゲーだってんだよ。いつもの事じゃねぇか。


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