しんがり。



 起動コールと同時、グリフォンから見て交差点の対角線上の壁がぶっ飛ぶのを見た。


 流石に轟音が立ち、グリフォンの意識がそちらに向く。


「行けぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇえええッッ!」


 俺はその隙に犠牲となったコボルト達が消えた粒子の中を突っ切り、余所見をしていたグリフォンの横っ面をぶん殴った。


「テメェの相手は俺だァ!」


「Gyiaaaaaa!」


 矮小なる人間に殴られたのが余程お気に召したのか、グリフォンはとんでもなく顔を歪めて俺を食い殺そうとする。


 ツインテールキャットの起動コールは身体能力の倍化である。当然、ライカンスロープのカードで軒並み上昇してる五感や反射速度も上がってる。


 それでも霞むほどに早いグリフォンの攻撃をからがら避けて、更に反対のツラをぶん殴ってから離脱した。


殿しんがりは俺が務める! 早く逃げろッ!」


 女達に叫ぶが、もはやそちらを確認する余裕すら無い。


 今の俺は戦車をぶん殴ってそのまま大破させられるようなチカラを持ってるのに、それでもグリフォンは顔面を殴られても大した痛痒つうようも感じないといった様子だ。理不尽にも程がある。


 これだけ強化を重ねても勝てない。そんな俺達に許された勝ち筋は、やはり逃亡一択だろう。


 手を尽くして歩く対戦車砲にまでなったのに、「痛ぇじゃねぇか!」で済ませるようなバケモノ、どうやって倒せと言うのか。


 CランクとDランクの間に隔たる壁の厚さに辟易とする。


 ベアナックルの刃はとうに欠けてる。もはやメリケンサックとしての役目しか果たせない鉄クズに成り果ててる。


「それでも、殴るにはこと足りる!」


 ボクシングなんて習った事は無いが、今の俺はなかなか様になってるんじゃ無いだろうか。


 頬を裂くグリフォンの爪をスリッピングアウェーで軽減し、


 ダッキングとスウェーバックを組み合わせて攻撃を避け、俺を殺すために一歩二歩と距離を詰めるグリフォンに対し、俺もまた一歩二歩と距離を開けていく。


 迫り来る太い前肢を殴り付けて弾き、距離があって届かなくなった顔面の代わりに嘴を真横からぶん殴って下がる。


 一秒を生き、二秒後に賭ける刹那の攻防を走り続ける。


「オラオラオラオラァァアアァアァアッッ!」


「Gurrruuuuuaaaaaaaa!」


 一瞬気を抜いたら死ぬ。先程までのようなはもう終わった。グリフォンは本気で俺を殺すつもりだし、俺に至っては最初から全力で生にしがみついてる。


 女達は無事に逃げただろうか。


 この付近でならDランクのライカンスロープが一体居れば過剰戦力だ。他にもグリフォンが居たなんて下らない落ちじゃ無ければ、ゴブリンやコボルトにどれだけ襲われたって無事にゲートまで帰れるはず。


 そうすれば俺も生きる目がある。


 そう、そうだ。俺の生き残る目はそれしかない。


 なにもコイツを俺が殺す必要なんてない。有事に備えてゲートへ詰めてるだろう公務員ハンターが一人来てくれたらそれで良い。


 ゲートにはこういったイレギュラーに対応するため、必ず公務員ハンターが最低一人はいるはずなのだ。


 前線で稼げないから完全にハズレ役だが、ローテーションで誰かしらはそこに居る。


 女達がゲートまで逃げれば、そのハンターまで話しが行くだろう。


 むしろ浅い場所でCランクモンスターなんて美味しい獲物が出て見逃す訳が無い。本来なら旨味ゼロのゲート監視任務中にCランクカードが手に入るかも知れないチャンスなのだ。逃すわけが無い。


 俺はそのハンターが駆け付けるまで生きていれば良い。そうすれば国お抱えのハンターが全て解決してくれる。


 俺は一歩、また一歩と下がりながら希望を待つ。精々それまで、この素敵なサンドバッグを殴る職務に勤しむさ。


 塞がれてた交差点を超え、廃都市の大通りをジリジリと下がりながら拳を突き出し続ける。


「Guaaaaaaaa!」


「クソがッ…………!?」


 痺れを切らしたグリフォンがついに風の魔法まで使い始めた。発動の瞬間に歪む空気を捉えるしか避ける方法が無い。


 発射点からどの方向に、どんな形状の風が飛ぶのかはゼロ距離では判別しずらく、躱しきれなかった風が俺の足を無慈悲に抉っていく。


「よりによって……!」


 腕ならまだワンチャンあったのに、よりによって足を潰された。


 当たり前にフットワークが悪くなり、スタート地点から百メートルも下がってないのに目に見えて後退が難しくなる。


「クソがクソがクソがクソがぁぁあッッ!」


 こんなところで死ねるか。俺は帰ってルミに美味いもんを食わせてやるんだ。可愛い妹が嫁に行くまで俺が面倒を見るんだ。


「死んで堪るかボケがぁぁああああああああああああああッ!」


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