初日のリザルト。



 夕方、午後五時頃。俺は今日の仕事を切り上げた。


 本日の成果はゴブリン38枚。コボルト29枚。そして手に入れたスライムは全てライカンスロープに使ったのでゼロだが、代わりにライカンスロープが8枚だ。


「ふむ。明日以降に使う起動コールカードを確保して、売却分を整理するか」


 召喚済みのゴブリンとコボルトは今のところ切り良く十匹ずつ。


 戦闘で下手を打って殺されたモンスターが存外多く、やはり低ランクモンスターは荷物持ちとされる所以を知った。


 戦力補充の為に追加で召喚したが、数の管理を楽にしようと思って十匹ずつにしてある。


「ライカンスロープは1枚あれば半日持続する。予備も含めて2枚有れば良いだろう」


 ゴブリンとコボルトは一時間しか持たない。だが併用すると効果が跳ね上がるので使わない手は無いだろう。


「基本はライカンスロープを使って、戦闘が始まったら追加バフって形が良いか。ライカンスロープを基本のバフにするのは勿体無いが、バフ無しの時に不意を打たれて殺されたらルミを一人にしてしまうからな」


 それに、元は雑魚カード三種類なのだ。ゴブリンとコボルトとスライムを同時に起動コールしてると思えば傷は浅い。


 ちなみに、スライムの起動コールは『真水の生成』だ。管理地区や魔境で遭難した時は重宝するって聞いたことがある。


「…………しかし、ライカンスロープを基本バフとして使ってるなんて、他のハンターにバレたらどんな顔されるか」


 手元に残すカードと売り払うカードの整理をしつつ、俺は管理地区から人類圏に戻る。境界に壁は無いが柵はあるので、それを跨いで三番区へと帰ってきた。


 本当ならこのまま家に帰ってルミを待ちたいが、今日の成果を売り払って来ないと金が無い。先に二番区へと行って用事を済ませよう。


 ルミの学校も二番区に有るから丁度良い。


 三番区は全体的に寂れていて、国からも半ば見捨てられ気味な街なのでインフラがゴミだ。市バスすら通ってないので二番区まで歩く必要がある。


「車かバイクか、乗り物が欲しいな。毎回歩きで二番区までは微妙に面倒だ」


 それには免許からとる必要がある。金なら作れるから、暇を作ってチャレンジしてみようか。


 今はまだライカンスロープのバフが残ってるので良いが、生身で行き来するには少し遠い。


 ボロアパートや「廃ビル?」と聴きたくなるようなマンションが建ち並ぶ三番区を抜けて二番区へ来ると、「これこそが文明人の生活」と言わんばかりに華やかな街並みが見えて来る。


 管理地区や三番区とは違い、綺麗に敷かれた道路にピカピカの車が走り、建ち並ぶ建造物はどれも真新しく見えた。俺がそう見えるだけで、実際はそんな事無いんだろうが、それでも煌びやかな街に見えた。


 あまりの格差に反吐が出るが、俺達兄弟もあと少しでコッチ側になれるんだ。ルミの学校も二番区にあるし、早いとこ二番区へ引っ越したい所だ。


 ルミも三番区から毎日、朝早く起きて学校に通うのは大変だろう。



「や、やめてよぉっ」


「へへーん! やめて欲しかったらお前もカード使ってみろよ!」


「ゴブリンも買って貰えない貧乏人は辛いよなぁ!」


 早くルミに良い生活を、そう考えながら二番区の大通りを歩いていると、道路を挟んで向こう側からルミの声がした。


 ライカンスロープの起動コールは筋力だけじゃなく身体能力を全体的にブーストする効果なので、上がった聴力が遠く離れた最愛の声を捉えたんだろう。


 俺は考える間もなくゴブリンとコボルトを追加で起動コールして道路を跳ぶ。横断歩道とか探してられなかったから。


 道路を挟んで反対には公園があり、そこでルミが虐められていたのだ。


 三重起動コールによって一時的に超人化した身体能力で合計四車線の道路を一足で飛び越えた俺は、そのままルミの前に音を殺しながら着地して、近くに居るゴブリンを蹴り殺した。


 破裂する様に絶命したゴブリンは三体で、いずれもルミの学友らしき少年達が使役していたらしい。


「なっ、なぁあっ!?」


「俺のゴブ助がぁー!?」


「ルミ、大丈夫か?」


「…………お、お兄ちゃんっ?」


 破裂するように死んだゴブリンは血の跡ごと消え去り、残った少年達の悲鳴を無視してルミを見る。良かった、怪我は無いらしい。


「何すんだよオッサン!」


「弁償しろよ! お母さんに怒られるだろ!」


 何やらクソみたいな事を騒いでるクソガキにポケットからゴブリンの金カードを投げ付けた。


「おら、弁償してやるから拾え。新品のゴブリンだぞ」


 貧困区から二番区の学校に通うと、このようなイジメを受けるのは分かっていた。


 だからルミにはなるべく綺麗な服を着せたり、必要な教材なども最優先で揃えてたと言うのに。


 子供は残酷な生き物だ。他者が「持っていない」とすぐに群れから弾き出して虐げるおぞましさを誰もが持ってる。


「ルミ、遅くなってごめんな。今日はお兄ちゃんからプレゼントがあるんだ。まだルミは持ってなかったもんな」


 こんな事なら、初日に手に入れたゴブリンを1枚くらいはルミに渡して置くべきだった。


 まさか、ゴブリンを持ってないだけでもイジメられるとは思ってなかった。


「ルミはまだ測定も受けてないから使えるか分からないが、これをあげるから使ってご覧?」


 俺は売却予定だったライカンスロープを1枚取り出し、ルミに手渡す。


「…………なぁに、これ。ワンちゃん?」


「そうだ、ワンちゃんだ。Dランクのライカンスロープって言うモンスターでな」


「ライカンスロープッ!? え、すげぇっ!?」


 ガキが騒ぐが無理も無い。ライカンスロープは売却で二十万もするカードだ。ドロップカードの購入相場は売却の倍が基本なので、購入時には四十万を超える。


 親が子供にペットとしてゴブリンを与えるのとは訳が違うのだ。


「えーと、サモン……!」


 ルミが可愛い声で呪文を口にすると、しっかりとカードが消え去って赤褐色の巨大な狼がその場に現れた。


 FとEしか召喚出来ない俺みたいな能無しと違って、ルミはちゃんとDランクも召喚出来るようで安心した。


「うわっ、本物のライカンスロープだ……」


「すげぇ、強そう……」


 ゴブリンは三匹居たが、少年は二人しか居ない。俺が投げ付けたカードを2枚待ってる方が二匹召喚してたんだろう。


「突然ゴブリンを殺して悪かったな。ほら、モンスターを戦わせて遊んでたんだろう? 妹のカードも用意出来たから、続けると良い」


「え、いや…………」


「俺は別に……」


「…………どうした? ルミのモンスターがライカンスロープだからってビビったのか? モンスターを持ってなかった女の子には戦いを挑めるのに、相手がモンスターを持ってたら君達は何も出来ないのか? ん? 君達は随分と戦い方をするんだな? きっと明日から、学校ではそのが噂になるだろうよ」


「はっ、え、いや……」


「ま、待ってよ! 俺達は違くて……」


 モンスターも買って貰えない貧乏人だと馬鹿にしてた女の子を相手に、その子が1枚モンスターカードを得た瞬間にビビり散らして逃げたと言う噂が立つぞと脅せば、少年二人は分かり易く狼狽うろたえる。


 その程度の考えなら最初からやるなクソが。


 本当なら、天使をイジメた神罰としてこの場で八つ裂きにしてやりたいが、今後もルミが学校で平和に暮らす為には穏便に済ませる必要がある。


 ああ、虫唾が走る。


「何が違うんだ? 俺は今、ライカンスロープを起動コールしてるお陰で耳が良いんだが、ルミが止めてくれって言ってるのに君達が遊びを止めなかったのは、道路の向こうからでもちゃんと聞こえてたぞ? 自分達は止めなかったのに、ルミがモンスターを手に入れたらビビって止めるのか? どうなんだ?」


 俺が聞こえていたと言えば明らかに「ゲッ」と言う顔する。マジでクソガキだなコイツら。やっぱり此処で潰しておくか? でもルミの学校生活が大変な事になるからなぁ。


「や、やってやるよ! やれば良いんだろ!」


「サモン! 行け、俺の新しいゴブ助!」


「ああそうだ。ルミ、これも要るか?」


「えっ? あ、これもワンちゃん? えーと、サモン……!」


 振り向いてルミに追加のカードを渡す。ライカンスロープをもう1枚と、コボルトを5枚。

 

 ルミの同時召喚数がどのくらいか分からないが、今は文字通り持ってるから別に良いだろう。


 少しの稼ぎより、ルミの平和が最優先だ。


 そして、驚く事にルミは、手渡したカード全ての召喚に成功した。


「げぇぇっ!? ライカンスロープ二匹にコボルト五匹!?」


「巫山戯んなよチートじゃん!」


 これには俺も驚いた。俺の低ランク無制限が異常なだけで、普通は同ランクを五匹同時召喚なんて誇るべき才能だし、Dランクを二匹も召喚出来るなんて、公務員は難しくても企業が喜んで雇う才能である。


 俺は驚いて、楽しくなって、ルミにもう三枚ライカンスロープと、五枚のコボルトを手渡した。


「……えと、これも?」


「そうだ。呼んでごらん?」


「うんっ、サモン!」


 そして、ルミはそれすらも全召喚して見せた。


 もしかして、ルミは俺のように無制限召喚出来る才能の持ち主なのか? Dランクを呼べると言うだけで、完全に俺の上位互換なんだが……。


「イヤこれはさすがにビビって良いだろッ!? ライカンスロープ五匹っておかしいだろ!?」


「ごめん! あやまる! 謝るからゆるして!?」


 こうして、公園で行われてたイジメはルミの圧勝で幕を閉じた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る