体質の片鱗。



 突然部屋に乗り込んで来たゴブリン。俺は今からソイツを殺さなければならない。


 もし失敗すれば妹の命が危ないが、良く考えばコレもいつもの事だ。


 俺が仕事をトチれば、バイトから干されたら、次の日から妹が飢える。


 そう、何も変わらない。いつも通りにクソみたいな肉体労働が始まっただけだ。


 俺は肉体労働そんな仕事をする為に、筋肉を鍛えて来たんだから。


「オルゥァっ!」


 ちゃぶ台をブン投げて牽制しつつ、そのまま影に隠れてゴブリンに突っ込む。奴らは俺より力が強いが、だからって俺が負けるとも思わない。


 ゴブリンはモンスターの中で下から二番目に弱いモンスターとして有名だ。一般人でも工夫すれば倒せるギリギリのラインである。


「お前らは、膂力があっても軽いんだよ。もっと肉を食え。人間以外のな」


 どれほど力が有ったとて、ゴブリン一匹の平均体重なんて30キロくらいだ。やりようはいくらでもある。


「ゲギァィアッ!?」


 投げたちゃぶ台がゴブリンに叩き付けられたら、そのままちゃぶ台ごと蹴飛ばして玄関の床へと押さえつける。上手く二体とも押さえ付けられて運が良かった。


「俺の可愛い妹を泣かせた、その報いを受けろ」


 ちゃぶ台の上に乗っかって何度も何度もちゃぶ台を踏み付ける。

 

 筋力がある=頑丈な訳じゃない。こうやって封殺すれば、ゴブリンは一般人でも殺せるモンスターなのだ。


「おら逃げるなッ、ちゃんと死ね」


 ちゃぶ台から何とか藻掻いて抜け出そうとするゴブリンはちゃぶ台の端から顔を出して逃げようとする。


 俺はその顔を上から思おっきり踏み付け、蹴りつけ、何度も脚で攻撃する。


「全く、ハンター達は何をしてるんだ。三番区とは言え、市街にモンスターが出てるんだぞ。なんで貧乏アルバイターの俺がモンスター退治なんてしてるんだ。金を請求するぞ、まったく」


 鬱憤を晴らすようなゴブリンを踏み付け、踏み躙っていると、暫くして足元から水音が聞こえて来た。


 ぐちゃ、ぐちゃと嫌な音がして足をどけると、ゴブリンの頭が潰れて酷い有様だった。玄関で良かった……。畳の上だったら悲惨な事になってたぞ。


「…………ふぅ、終わったか」


 ゴブリンの死亡を確認して、一息つく。貧相な見た目とは裏腹に、中々の耐久力だったと思う。鍛えて無かったら危なかったかも知れない。


「お、お兄ちゃん…………」


「ああルミ、怖かったよな? もう大丈夫だ。モンスターは皆、お兄ちゃんが倒したからな」


 しかし、やはり頭に来る。


 こんな貧民層が住む地区は、防衛するに値しないとでも言うつもりか? 何故モンスターが入って来るんだ。誰の責任だ。


「こんな事なら、俺がハンターになれれば良かったのに」


 ハンター。これもワールドブレイク以降に出て来た存在だ。


 ある日突然この地球へ現れるようになったモンスターは、殺すと一定時間後に跡形もなく消える。


 そしてその時、一定の確率で『カード』を落とす。そう、例えばこんな風に…………--


「…………えっ、あッ!? か、カードだ!?」


 俺が殺したゴブリンがちょうど今、霧のようにちゃぶ台の下から消え去り、代わりに金色のカードがその場にポテッと落ちる。


 世間でドロップと呼ばれる現象だ。


 モンスターが落とすカードには不思議な効果があり、一度壊れた世界はこのカードに依存する形で再構成されている。


 新しく社会を形作ってしまった超常現象その物と言えるアイテム。ドロップカードと呼ばれるそれは、手に持って呪文を唱えると超常現象を引き起こす。


 例えば、今この場に現れたトレーディングカードゲームのようなデザインをしたのカードは、どちらも先程殺したゴブリンの絵が描かれてる。


 このゴブリンが描かれたカードこそが、魔法のような現象を引き起こせるファンタジーアイテムなのだ。


 俺がこのカードを手に持って、その意志を持って『召喚サモン』と口にしたら、その瞬間にカードが消えてしまうが、代わりに先程殺したゴブリンを再びこの場に呼び出すことが出来る。


 こうやって呼び出したモンスターは召喚した者に対して従順で、絶対に裏切らないと世間では言われて居る。実際の所はどうか分からない。


 そして、ゴブリンのカードを持って『起動コール』と口にすれば、やはりカードはその瞬間に消えてしまうが、代わりにカードを使用した俺が一時間ほどゴブリンの筋力を手に入れられる。


 カードは種類によって呼び出せるモンスターも違うし、起動コールした時の効果も違うが、おおむね便利な物である事は共通してる。


 そんな便利な物ならば誰でも欲しがって、多くの人がモンスターを倒そうとするのだろう。


 しかし、残念な事にドロップ現象はであり、しかもモンスターを倒した人によってドロップ率が変わるのだ。


 最弱モンスターの一種であり、一番ドロップ確率が高いだろうこのゴブリンでさえ、ドロップ率の高い人が倒してやっと排出率が10%程で、ドロップ率が低い人だと5%とか1%になる。


 人によっては十匹程で済むが、普通の人なら百匹殺してやっと一枚手に入る貴重品だ。


 だから、この雑魚カード一枚ですら、五千円で売れる。買うとしたら一万円を超える。


 それがなんと、目の前で2枚も同時にドロップした。なんと言う僥倖だろうか。これでルミにお肉を食べさせて上げられる。


「しかし、実物は初めて見るな。ハンターはみんなコレを使って、コレを探してるんだな」


 ハンターとは、このドロップカードでモンスターを召喚し、より強いモンスターを討伐して行く人達の事である。


 ハンターには二種類居て、国が雇い入れた国家公務員としてのハンターと、それ以外の野良ハンターだ。

 

 自力でカードを用意した自営業ハンターや企業などから雇われてる会社員ハンターなどが野良に当たる。


 公務員ハンターは試験があり、そこでを調べられて基準値を大きく超えた者から採用されて行く。例えばドロップ率が高い人となどがそうだ。


 お金さえ払えば基本的に誰でも試験を受けられるから、俺も五万円と言う大金を支払って試験を受けたのだが、…………見事に落ちた。


 固有ドロップ率が絶望的に低いのに、モンスター召喚数なども酷い数字だったのだ。

 

 まぁ公務員ハンターは所謂いわゆる『選ばれし者』だから、試験に落ちたこと自体はどうでも良かった。ただ、測定結果が酷過ぎて落ち込みはした。


 俺にはハンターの才能が皆無だったのだ。


 しかし、やはり、こうやってカードのドロップを目の前にすると、ハンターに成れなかったのは惜しかったと思う。ハンターは成れれば稼げる職業だからな。


 モンスターとカードにはランクが有り、人が持つドロップ率はランクごとにもバラバラだし、そしてモンスターを同時に召喚しておける数もランクごとに違う。


 俺はDランク以上のカードを扱う才能がほぼ皆無で、ドロップ率も絶望的だった。


 Dランク以上と言って少し希望を残してる風だが、国家試験だとEランクやFランクはそもそも測定すらしてないだけだ。


 EもFも一般人でも平均で5%はドロップさせられるし、なんならFランクは今俺が頑張ったとおりに、一般人でも倒せる。そんな数値をわざわざ試験で測ったりはしなかった。


 だがしかし、Fランクのゴブリンがこんなにも簡単に2枚ドロップしたなら、もしかしたら俺のFランクドロップ率は結構高いのかも知れない。


「もし俺に、Fランクドロップの才能があったなら、もしかしてルミに毎日、美味しいお肉を食べさせてあげられるんじゃないか……?」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る