第4話 女神・転換・犠牲

 ゴウトは自分が目を閉じて眠ったまま明晰めいせきに夢の世界を感じているかのような、どこまでも続いているような狭く閉じているような奇妙な空間に仰向けのまま気をつけをして浮いていた。


 彼の抜け目ない知覚が何者かの気配を感じ取って誰何する。彼は今だけ念じるだけで声を発することができた。


「おい誰だ、そこにいるのは」


 ゆっくりと、見つかったことを悔やむかのように渋面じゅうめんのイドが素顔で実体化する。


「あんたは一体何者だ」


 イドはもう彼に余計な嘘をつかない。つこうとも思わない。だからこそ彼女はかつて被っていた異世界転生担当女神のかおを被って、彼の前に立った。


「鳥の仮面の外世人がいせいじんだ」


「鳥の仮面の外世人? ……あのダメがみか」


 その呼び名を好きになることはイドにとってたぶん一生ないと思いたかったが、なにぶん状況が状況で彼女も自分はダメだと思ってしまっていた。だから渋い顔をしている。


「そうだ。あの地底怪獣は殲滅したが、その余波が君と君の村の生命と財産を根こそぎ奪い去った。私には、彼らを救うことができなかった」


 ゴウトは絶句する。その言葉の重みを最も知っているのは、彼だけだ。


 古式ゆかしい作法マニュアルに則り、


「申し訳ないことをした、ゴウト」


「ハァ!? い……いらねえ。ば、ばかやろう。謝るくらいなら、最初からすんな。

 で、でも……とどめだって言ったのは俺だ。それでみんな死んじまったんじゃ、謝るべきバカヤローは俺の方だ……だけど」


 彼なりの強がりが語勢をなくしていく。


「そうか……みんな死んじまったのか。俺もこれから死ぬのか。なあダメ神、死んだ後の世界って本当にあるのか? みんなもそこにいるのか?」


「いや、君たち限世げんせい人類に死後の世界は存在しない。魂の総量が転生の閾値いきちに達しないからだ。君が死ねば君はいなくなる。それはの人類も同じだ」


「……そっか」


 何を割りきったのだろう。あえて言うまいが彼らフラスコの異世界人ばかりが転生の恩恵に預かれないことを、まさかそれで死の恐怖を割りきったとでも言うのか。その口から「仕方ない」などという言葉が続くのか。


 女神は感情を圧し殺しつつも震えた声で言葉を続けた。


「その代わり、私の命を君にあげよう」


「ダメ神の命を? あんたはどうなる」


「君と一心同体になるのだ。そして、この世の平和のために働きたい」


 偽らざる彼女の本音、だがその決断が何を意味するか存ぜぬ女神ではない。


 仮にもヒトより高位の神を名乗る存在が、八年もすれば霧散する程度の人間ヒト生命いのちを譲渡すればほとんど不老不死の人間が誕生する。


 しかもその不死者は──人類の8倍のサイズに巨人化し、光波の術式を自在に操る神化しんか超人ちょうじんなのだ。


 女神は青い縞模様の入った銀色の円筒物をゴウトの胸に落とす。


「なんだ? これは」


Venusヴィーナス-Capsuleカプセル


「ビーナスカプセル?」


 ちがう、Vヴィ。……と言いたくなるのを抑えて、


「困ったときにこれを使うのだ。そうすると……」


「そうするとどうなる?」


 話している間にが済んだことを認識し、イドはようやく心の落ち着きを取り戻してほくそ笑む。


 この我ながら実に不器用なプレゼントを、彼に託したその先を想像すると────


「ウフフフ……心配することはない……」


 ────転生者の困り顔が何よりの愉悦でいられた、あの頃みたいで


・ ・ ・


 ごとごとと揺れる馬車の荷台で、ゴウトは目を覚ました。


 その向かい側に鎧兜を脱いでリラックスした姿勢で座っていた、髭面ひげづらの中年男が声を上げる。


「お、目が覚めたか。いいぜ、そのまま横になっててくれ」


 その顔面保護と視野の確保を両立するのバイザーが付いた兜と、橙色の旗印にゴウトは見覚えがある。


 いや、彼らの名を知らぬ者はこの世にはいない。

怪獣あるところ、彼らあり。怪獣退治の英雄譚は、寝物語の鉄板だ。


カイジュウKaijuアタックAttackナイツKnightsKAカー騎士団……来てくれたのか。状況は? まだどこかに怪獣がいるのか」


 キョロキョロと辺りを見回すゴウトを男は両手をまあまあと上下してなだめる。


「おいおい、起きて早々血の気が多い怪獣お嬢さんだな。もうやっこさんはおらんよ。

 というか、この辺りをねぐらにしてた地底怪獣ローグラは。たぶん、運悪く隕石にでもぶち当たったんだろ。そうでもなきゃ、あんな王都にまで伝わる地震や爆発なんか起きっこねえ。だろ?」


 今、聞き捨てならないニュアンスの言葉が耳を通り過ぎていったような────それはいい。そう、生存者はいなかったのか。その続けざまの質問にも、男は首を横に振った。


「だめだ。もう地図を見ても村がどこにあったのかもわからねえ。爆心地の周りはしばらく立ち入り禁止になるんだ。やがて雨水が溜まったら湖になる。それを待てってな」


「そんな…………!!」


 先に村の全滅を知っていたからこそ衝撃を隠せない。思わず揺れる荷台の上で立ち上がろうとする。


「あー、待て待て! クソッ、男所帯だからって遠慮してマントしかくれてやらねーからこうなる…………!!」


 男の顔が明後日の方向を向いたまま片手で橙色のマントを羽織れと促す。


 たしかに自分はみたいだが、同じオトコどうし、なぜそんな要らぬ気遣いをするのか────


 ひときわ大きな風が吹いて、はらりとマントがはだけた。その風の通り道を肌身に感じて、先刻から妙に鈍感だったゴウトの頭脳にもQ&Aこたえが成立する。


 さっきからチラチラと鬱陶しかったあいの縮れ線は、自分の肩まで長く伸びた髪の毛で。


 声がキンキンと鳴っておかしいのは、声変わりをしない声帯になったからで。


 肩が重いと思ったのは、村の浴場でも見たことのないような重量級のが屹立しているからで。


 大きく広げた股からやけに風がよく通るのは、その、象徴しるしが姿を隠してしまったからで。ついでに言えば、この胸ほどもある巨尻とそれをがっちりとした筋肉で支える腰がいつの間にかがたつく荷台とバランスを取るためにふりふりと揺れていて。


 そもそも全裸と誤認していたのは、その胸と股間にぴったりと吸い付くような厚みのない水着甲ビキニアーマーが、まるで羽毛のように軽かったからで。


 ……………………。


 ………………。


 …………。


「ああ、もう……!!」中年男が年甲斐もなく耳まで紅色まっかにした顔を両手でふさいで悪態をつく。「信じられないぜ、田舎のオンナって奴は! いいからしまえ、そのお茶碗二つ伏せたみてーなスゲぇ胸とかよ!!」


 ムネ、ムネ!! と自分の胸の前で山を作る卑猥なジェスチャーをする男に、


「オンナじゃない」


「は?」


 いや恐らくは自分と一体化して今は眠りについているに、ゴウトはキレていた。


 今日は七の月の十日が明けて十一日だけれど、冬の鍋みたいにぐらぐらと頭が沸騰する。


 その白飛びするような興奮と裏腹に先刻の明晰夢めいせきむを鮮明に思い出す。


 直前まで舞踊ぶようの面みたいに固かった顔が、にわかに破顔はがんしたあの瞬間シーン


『ウフフフ……心配することはない……』


 ウフフフ……………………。


 ウフフフ………………。


 ウフフフ…………。


 結論はたった一つだ。


 あのダメ神、言うに事欠いて、結局はオレの肉体カラダ遊びヤリやがったってことだ。


「俺は…………っっぅうぉとこだあああああああああああああああ!!!!!!」


 ぎゃああああああああああああ。お山の熊みてえなデカ女に、デカ女に襲われるううううううううううううぅぅぅぅ。


 俺は男だあああああああああああああああ。


 荷台の取っ組み合いも馬耳東風、馬車と御者は後ろを振り向くこともなくお荷物二人を連れて騎士団の本部へと向かっていった。


 すなわちこの国の首都、王の都ベイス米子へと……。


 

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