幼少期8

時系列的には母親の精神病発症がかなり早く、中学校に上がった段階で祖母から告げられていた。

無理もない、親父からDV喰らっていた上に子供から好かれていないと来ている。誰だって心を病む。


統合失調症らしく、近所の目線を気にして窓にシートを張ったりしていた。常に独り言をぶつぶつ呟いており、何もないのに脈絡なく大笑いしたりしていた。その頃にはもう手遅れだったんだろうな、今さら言ってもどうしようも無いが。


私は…、その頃には母親と思うことを辞めていた。前にも書いているがそもそも対して好きでもなかった。母は買い物が好きで無理矢理買い物に連れていかれ、やることもない私は車に放置されることが多く、辟易としていたのもそれを後押ししたと思う。今思えば精神的ストレスから逃げるための行動だったのかもな。


そして、祖父が死んだ。


私にとっては父と同義だった人間だ。常に遊びを教えてくれたし、宿題なども手伝ってくれた。手先が器用で抱き枕なども作ってくれた。

しかし、死んだと聞かされても不思議と涙は出なかった。ああ、死んでしまったのかと軽く思っていた程度だ。


ただ、泣いている祖母を見るのは辛かった。死に目も見れず、警察から連絡が来て、それを知ったのも仕事中。早引きして帰ってきて警察に向かい死体を見ると胸元にすがり付いて泣いていた。その後、帰ってきて憔悴している祖母にタバコ代をせびる母を殺したくなる程に憎んだ。


姉はボロボロと泣き崩れていた、死んだ理由が理由だ、致し方ない。

姉に頼まれた物を買いに行って、その途中で心臓発作で亡くなった訳だからな。


そんなこんなしている内に中学校生活は終わった。私は祖母からお金がないから公立高校を受験してほしいと言われ、公立高校に受験してそのまま受かってそこに通うことになった。


そのタイミングで、ケンとは別の高校に通うことになった。


やはり私の気質は変わらず人見知りで所謂ぼっち状態だった。一応友人は居たものの、向こうも私も二人組として組めるような関係の友人だ。その伝手で別のクラスの奴と友人になったのが救いか。


そして二年生でその友人全てがひとつのクラスに集められた。

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