第19話


「ステージ、良い感じだねぇ」


口調に違わずゆったりとした動きで歩く女性…1期生の洗井熊美は木の板で構成されたステージの上で会場を見渡す。


「思う存分動けそうだな。司会の位置はここか?」


同じように壇上へ上がった薔薇園まりはすたすたと舞台袖の方へ近づき、目印に置いてある机を軽く叩いた。


「にれち、えーい!」


「うわー!?」


「あまりはしゃぐなよ。危ないだろう」


撮影機材が並ぶ中で動き回る桜木さんと欅丘さんを振り返り、槙原さんがため息をつく。


「今日は全体の流れを通しでやらなければならないし、確認する事も多い。遊んでいる暇は無いぞ。…ササラ君、こちらへ」


「はっ、はい!」


皆んなの様子を眺めていた僕は、槙原さんの声に我を取り戻しステージへ向かった。

















2期生の歌祭『プランツ・ウィンターコンサート』が間近に迫り、僕たちはリハーサルをするために会場へ訪れていた。


イベントを告知した際の反応は上々。

2期生のレッスンも順調そのもので、何の問題も見当たらない。


ステージの端で、僕は彼女の言葉を思い出す。


(『私は幸せなの』と確かに彼女は言っていた。嘘をついているようには見えなかったけど…)


月明かりに照らされた彼女の穏やかな笑顔。

2期生の仲の良さを見ていても、このコンサート中にその幸せが打ち砕かれる原因は思い浮かばない。


(今まで通過してきた冬に、2期生の歌祭で何か事故や事件があったという発表は無かった。しかしこの歌祭で何か決定的な事が起こってしまうのは、今までの調べで明らか…)


僕は拳を握りしめる。


(何か手掛かりがある筈だ。何か…)


彼女の一挙一動を見逃すまいと目を凝らす。

僕の内心とは裏腹に彼女の顔は静穏に満ちていた。














「次はDパートだな。移動してくれ」


槙原さんの言葉を受けて僕や2期生たちが次々に舞台袖へはけていく中で、紙束を持った蘭ちゃんが槙原さんへ駆け寄った。


「槙原さん、これ次の資料です」


そう言いながら差し出された資料に槙原さんが手を伸ばす。


「ああ、ありがとう」


槙原さんは受け取った紙の束に視線を向けながら蘭ちゃんの頭を荒っぽく撫でる。

槙原さんはわしゃわしゃと蘭ちゃんの髪の毛を掻き回していたが、暫くしてハッとしたように筋張った手を離した。


「すまん、昔の癖が抜けなくてな。悪かった」


「いえ…」


蘭ちゃんは頭に手をやりながら照れたように笑う。平静を装っているが、その実彼女の顔は喜びを隠し切れていない。


舞台袖からその様子を見ていた欅丘さんは小声で僕たちに囁いた。


「白鈴ちゃんって絶対そうだよね。…ほら、槙原さんに」


「それはわたしも思った」


桜木さんが深く頷く。


「『絶対そう』って、何がですか…?」


首を捻った僕に、欅丘さんは舞台を指差した。


「ササラくん、あっちを見て」


「あっち…?」


その指す先には当然ながら蘭ちゃんと槙原さんがいる。


「何か感じない?」


「何か…?」


僕は2人に向かって目を凝らす。

槙原さんを前にしている彼女の目はきらきらと光っていて、まるで英雄を見つめる子どものようなひたむきさがあった。


「えっと…仲が良さそう、ですね…?」


僕がそう答えると欅丘さんが食い気味に頷く。


「やっぱり、あれはどう見てもそうだよね!」


「分かる」


その言葉に桜木さんも首を縦に振る。僕が目を白黒させていると、欅丘さんは鼻息荒く拳を突き上げ口を開いた。


「白鈴ちゃんはもっと積極的に行くべきだと思う!」


「確かに。相手はあの朴念仁じゃん、ガンガン行かないと伝わらないよね」


「焦ったい所もいいけれど、進展が欲しい!」


言っている意味を理解できないまま2人の話は進む。


「そうと決まれば援護射撃だ!行くよ、にれち!」


「うん、春ちゃん!」


よく分からないが意気投合した2人は舞台の上へ飛び出していく。


「あっ!コラ、お前たち!」


止めようとした薔薇園さんの手をすり抜けて欅丘さんと桜木さんは蘭ちゃんたちの元へ走って行った。


「あー…全く、あいつら…」


薔薇園さんはガリガリと頭を掻く。


「悪い奴らじゃないんだが、思い込みが激しすぎるんだよな。あの2人につられて蘭自身もそう思い込んでいるが、あれはなぁ…違うよなぁ…」


薔薇園さんは息を吐いてステージの照明の中で団子状になっている彼らを見遣る。


「やっぱりこの間相談された時言うべきだったか…しかしなぁ…」


苦虫を噛みつぶしたような表情の薔薇園さんを怪訝に思い、僕は薔薇園さんの顔を覗き込んだ。


「薔薇園さん、どうしたんですか?」


薔薇園さんの視線の焦点が僕に定まる。薔薇園さんは表情を取り繕うと、緩く口角を上げた。


「…何でもない。それより呼ばれているぞ新人。行かなくて良いのか?」


そう言われて、僕は慌てて明かりの中へ出て行った。
















冬はすぐそこに迫っている。

彼女に起こる"何か"を特定出来ないまま、その舞台は幕を開けようとしていた。










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