第17話


「これ、死に戻りの覚えゲーじゃん!」


桜木さんが苛立ちを顔に滲ませながら叫ぶ。


『ようやく分かってきたようね、経験者のありがたみが』


スピーカーの向こうから薔薇園さんがそう言うと同時に、桜木さんの操作するウニが撃ち落とされた。


「あー!またやられた!もう開始から3時間も経っているとか本気?はぁ…」


桜木さんが憎々しげにテーブルを叩くと配信画面上のコメントの流れが速くなる。







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[台パン助かる]


[流石うにクエ]


[やっぱり難しいんだな]


[がんばれー]



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桜木さんはキッとゲームの画面を睨みつけた。


「こんなゲーム、やってられるか!」


「春ちゃん、気を鎮めて…」


荒れながらも操作を続ける桜木さんに、欅丘さんが宥めるようなジェスチャーをする。

その横で蘭ちゃんが眉を寄せながらコントローラーを操った。


「…むんっ」


一生懸命操作する彼女。しかしその意思とは裏腹に、操作キャラクターのウニはあらぬ方向へ飛んでいく。


『蘭ちゃん、そっちは逆方向よ』


薔薇園さんがそう指摘すると蘭ちゃんは肩を落とした。


(これは長丁場になりそうだ…)


僕がそう思った時だった。

桜木さんが操作するウニが妨害を通り抜け、ステージのゴールへ飛び込んだ。


「ああー!やったー!」


桜木さんが画面を指差し歓声を上げる。


「見て見て!ステージクリア!」


「凄い、春ちゃんやったね!」


桜木さんと蘭ちゃんは手を取り合って喜び合う。

一同は暫くステージクリアの喜びに沸いていたが、突然スピーカーから流れ出した聴き慣れぬBGMに動きを止めた。


晴々しい音楽と共に画面へ表示された文字。


「ボーナスステージ…?」


怪訝な声で欅丘ニレがそれを読み上げる。


『来たわね、この時が…』


スタジオにいる皆んなが不思議そうな顔をしてゲーム画面を見ていると、薔薇園さんが満を持したようにそう言った。


『このボーナスステージが今後の明暗を分けると言っても過言ではないわ』


薔薇園まりの言葉に桜木さんが目を瞬かせる。


「え?でも何だかんだ言ってプラスアルファの要素でしょ?そんなに大事なの?」


その問いかけを受けて薔薇園さんは再び口を開いた。


『説明をよく読みなさい』


促されて僕たちは画面へ視線を向ける。


「3回挑戦して1回でも成功したらアイテムゲット…」


「そのアイテムが取れたら…残機30体プラス…!?」


そのゲーム説明に皆んな一様に目を見開く。

うにうにクエストは障害物を避けながら進んでいく形のアクションゲームであるが、通常の残機は3体。それが一気に30体になるというのは、今まででは考えられない事態なのだ。


(それにしたって、このボーナスの合否でいきなり残機が30体に増加なんて馬鹿げている。何でそんな)


僕は首を傾げたが、そこでハッと気がついた。


(まさか、この先…)


気がついたのは僕だけではなかったようで、皆が顔を見合わせる。


『気付いたようね』


その様子を見て薔薇園さんが頷いた。


『これより後のステージは難易度がぐんと跳ね上がる。そう、これは"ボーナスステージ"と言う名前で油断させているけれどこの残機増加が無いとクリアが困難になる負けられない戦いなのよ!』


薔薇園さんがクワッと刮目する。


「ちなみに、このアイテムが取れなかったらどうなるの?」


蘭ちゃんが尋ねる。


『クリアにかかる時間が2〜3倍になるとも言われているわね』


「イヤーーー!春、そんなの絶対に嫌!」


薔薇園さんから当然のように告げられた台詞。受け入れ難い情報を拒否するように桜木さんが手足をばたつかせた。


責任重大なこの局面を誰が担当するのか。

お互いに探るような視線を向けながら皆んなが沈黙する。


(誰がやるんだろう)


そう考えながら目線を泳がせていた僕は


「ここはササラくんに任せない?」


という欅丘ニレの言葉を聞き呆気に取られた。


「えっ」


予想外の言葉に僕は欅丘さんを見上げる。


『確かにそうね、経験者のあたしがやっても面白みがないし』


薔薇園さんも賛同の意を示す。


「えっ、えっ」


僕が動揺しながら欅丘さんの顔を見遣ると、彼は満面の笑みで視線を絡ませた。


「良いところを見せるチャンスだよ、ササラくん!」


頑張って!と言わんばかりにガッツポーズをする欅丘さん。

おそらく僕に見せ場を作ってくれようというのだろう。その顔は輝かんばかりの善意に溢れている。

断ろうとした僕の口は彼の表情を前に何も言葉を発しないまま閉じられた。


当事者である僕が拒否しないものだから瞬く間に話は纏まり、僕はボーナスステージへ挑む事になったのである。













皆んなに見守られる中で始まった1回目の挑戦は期待はずれに終わった。

途中のトラップに気が付かず落とし穴に嵌まってしまったのだ。

あまりに呆気なく1回目の機会を逃してしまった事に血の気が引く。


(次こそは、ちゃんと…)


僕は顔面蒼白になりながらゲーム画面を見据えた。





2度目の挑戦。

慎重に進んだ事で最後の方まで辿り着けたものの、今度は時間切れでゲームオーバーになってしまう。


(いつもこうだ、僕は)


気持ちが落ち込んでいく。


-----------



[あちゃー、これはダメっぽい]



-----------


そんなコメントが視界の端に掠めた。





3度目、最後の残機。

プレイヤーからスタートの合図を待つ画面の中のウニを眺めながら、僕は唇を噛み締めた。


「ササぴょん、頑張れー」


桜木さんの声援も耳を通り過ぎていく。


(もう失敗出来ない)


ごくりと唾を嚥下する。


(欅丘さんにコラボを誘ってもらって、こんな見せ場まで用意してくれたのに、僕はいつだって駄目な奴だ)


何の面白味もない、特筆すべき何かを成し遂げたこともない。そんな人生を送ってきた自分。


(そうだった。そういえば僕はそんな人間だった)


目の前の画面がゆらゆらと揺れるような幻覚を見る。


(でも失敗出来ない、成功させなきゃいけない。せっかく一緒にコラボするところまで来たんだ。ここで成功させて、それで…)


身体が震えてくる。


(それで…)


嫌に晴れ晴れとしたゲーム内のBGMが遠く聞こえる。












その時、


「ササラくん」


彼女の鈴が鳴るような声が耳朶を打った。











蘭ちゃんはそっと僕へ寄り添うと片方の手を僕の指へ添え、もう片方の手で僕の背中に置く。


「深く息を吸って」


彼女が僕の指へ手を添えた事で、僕は自身の指先が白むほどコントローラーを握り締めている事に気がついた。

彼女の柔らかな声に、息を吸い込む。


「吐いて」


肺から空気を吐き出す。

強張りが少しだけ解れた僕へ蘭ちゃんは囁くように語りかける。


「失敗しても良い。アイテムが取れなくてもさして問題ないよ。大丈夫」


その台詞に僕は彼女の方を向いた。


「でも…このアイテムを取らないと、この先の攻略は困難になるって…」


僕の言葉を聞いて黒髪の彼女は微笑む。


「困難にはなるだろうけど、クリアは出来るはず。由緒ある株式会社海洋探検さんが出すゲームだよ?ゲームバランスはちゃんとしていると思う。まりちゃん、そうでしょう?」


蘭ちゃんが画面の向こうに尋ねると、薔薇園さんは一拍置いて答える。


『…そうね。難しいけれど、クリアする事は可能よ』


それを聞いた蘭ちゃんは僕の目を覗き込んだ。


「ね。失敗しても大丈夫。もし失敗して何時間やる事になっても付き合うよ。私だけでも良ければ、一緒に何時間でもやろう」


彼女のキャラメル色の瞳が僕を捉えている。


「でも…きっとササラくんならこのボーナスステージをクリア出来る。ゲームを始めた直後とは比べ物にならないくらい操作に慣れてきているから」


彼女はそう言ってより深く微笑んだ。


「落ち着いて、画面を見て」


僕はゲーム画面へ向き合う。


「大丈夫」


僕の背へ手を添えられた彼女の手。






いつの間にか震えは止まっている。


僕は一つ瞬きをすると、スタートボタンを押した。








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