第16話
いかつい見た目の青年が機材を弄る。
「あー、あー…。始まったかな?」
彼は配信画面を切り替えるとマイクに向かって喋り出す。
「皆んな、こんにれです!Bright Future所属バーチャルライバーの欅丘ニレと!」
「同じくBright Future所属バーチャルライバーのプリマヴェーラ、桜木春と!」
「Bright Future所属スズランの妖精、白鈴蘭と!」
「同事務所所属のササラ…です…」
そこそこの広さがあるスタジオで4つの人影が揺れる。
今日は欅丘さんが企画してくれたコラボの日。僕はガチガチに緊張しながら自己紹介を終えた。
「あはは!ササぴょん辛気臭すぎて笑う」
桜木春の容赦ない物言いに僕は少なからず衝撃を受ける。
(さ、ササぴょん…!?しかも辛気臭い…?)
ショックで固まった僕に、隣で座っていた蘭ちゃんが気遣うように声をかけた。
「ササラくんは真面目なんだよ。ね?」
そう言って同意を求めるように僕を見遣った蘭ちゃんに対して僕は何度も頷く。
蘭ちゃんはそんな僕を見て微笑みを浮かべた。
「ふふ。ササラくん、そんな小刻みに頷いてもリスナーさんに伝わらないよ」
「は、はい!」
僕は思わず背筋を伸ばす。好き勝手に会話する僕たちの近くでは、欅丘さんがマイクに向かってもう1人の参加者へ呼びかけを続けていた。
「これ繋がっている?もしもし?」
「………」
「もしもーし?何だろう、回線が悪いのかな…」
欅丘ニレがそう呟いた次の瞬間。
『おーっほっほっほ!』
スピーカーから独特な声が響く。
『主役は遅れてやってくる!Bright Future2期生薔薇園まり、参上!』
その声と共に画面の中で青紫色のドレスを着た金髪の少女が高慢とも取れるような余裕綽々とした表情で笑った。
「あっ、良かった。繋がらないかと思ったよ。これで始められるね」
欅丘さんはほっとしたように息を吐く。
「視聴者の皆んなには分からないだろうから説明しておくと、薔薇園ちゃんはオンラインで、それ以外の皆んなはスタジオで収録しているよ。
…という訳で今日は。不朽の名作、うにうにクエストやっていきます」
彼の言葉と同時に配信画面が切り替わり、レトロな雰囲気のゲームタイトルが映し出された。
「あれ?うにクエってうちのライバー今までやった事なかったよね。にれち確認取ったの?」
桜木春は首を傾げる。
「うん。マネージャーさん経由で株式会社海洋探検さんに連絡取ってもらったらオッケーもらえたよ。既に色んな人が実況出しているし結構すんなり行けたみたい」
桜木さんの疑問に欅丘さんは頷く。納得したように顔を前へ向けた桜木さんの横で、蘭ちゃんが口を開いた。
「有名なゲームだから名前は聞いたことあるけど実際にやった事はないなぁ」
「春も知らなーい。昔のゲームだし。ササぴょんは?」
「や、やったことないです…」
話を振られておずおずと僕が答えると、欅丘さんがしみじみとした様子で呟く。
「ボクは子どもの時に友達の家でちょっとだけやったなぁ。難しかった…」
桜木さんが同情を込めた眼差しを向ける。
「にれち不器用だもんね…」
その視線に欅丘さんが両手で自身の顔を隠す。
「春ちゃん!そんな憐れみを込めた目でこっち見ないで!」
各々の経験歴を受けて、スピーカーの向こうから薔薇園さんが高らかに声を上げた。
『どうやら経験者はあたしだけのようね!跪きなさい!』
「その台詞は流石にまだ早すぎるよ、まりちゃん」
冷静な蘭ちゃんのコメントに薔薇園さんが不気味に笑う。
『今に分かるわ、あたしの存在の大きさが…』
その意味深な笑みに一同が頭に疑問符を浮かべていると欅丘ニレが咳払いをした。
「今回はボクのチャンネルからの配信という事でボクからうにうにクエスト…通称うにクエの簡単な説明をするね」
彼はゲームのスタート画面に表示された[遊び方]と書かれたボタンをクリックする。
「うにうにクエストは、主人公であるウニの一団が海底世界の平和を取り戻すため奮闘するアクションゲームです。2体のウニたちを操作して悪の組織センジュナマコ団へ立ち向かいましょう」
テキストに忠実な読み上げ。彼の声音は非常に機械的で…
「何か棒読みじゃない?」
皆んなが思っていただろう事を桜木さんが指摘した。
「もう!そんなこと言わないでよ!ボクにはテキストを情感たっぷりに読み上げるなんて出来ないって知っているでしょ!」
欅丘さんの頬が恥じらうように赤くなる。
そんな彼を見て桜木さんはにやにやと笑い顔を浮かべた。
「え?『知っているでしょ』って…。春、匂わせされてる?春ニレてぇてぇ?」
揶揄うような言葉に欅丘さんは桜木さんを軽く睨みつける。
「やめてよ!それ炎上するのはボクなんだから!」
その言葉へ被せるように、薔薇園さんが演技掛かった声を発した。
『ごめん、あたし2人のこと知らなくて…。これから気をつけるから』
「悪ノリしないで!ううっ、春ちゃんの男性ファンに燃やされたくないよ…白鈴ちゃん助けて…」
救いを求めるように欅丘さんは蘭ちゃんを見る。蘭ちゃんは女神のように慈愛に満ちた笑みを浮かべた。
「皆んな、ニレが可哀想だよ。やめよう」
いつものような声音で蘭ちゃんが言い放つ。
『「ニレ!?」』
その台詞を聞きつけた薔薇園さんと桜木さんが同時に叫んだ。
「いつもはニレくんって言っているのに、呼び捨て!?」
わざとらしく桜木さんが身を震わせる。
『匂わせか!?』
記者会見に来た記者のように薔薇園さんが指摘すると、蘭ちゃんはその目を細めた。
「いや、私はニレの気持ちが1番大事だと思っているから…」
『「ニレの気持ちが1番大事!?」』
蘭ちゃんの言葉に再び薔薇園さんと桜木さんが食いつく。
「ううっ…。ササラくん、ボクはもう駄目だ…地獄の業火に焼かれるんだ…」
欅丘さんは先程までとは一転、顔を青くしながら僕に嘆く。
どうしたら良いのか分からず僕が手を彷徨わせると蘭ちゃんが苦笑した。
「少しふざけ過ぎたね。ごめん、ニレくん」
「いいよ…2期生の仲だから許すよ…」
ぐったりとした表情で笑った欅丘ニレはゲームのコントローラーを握り直した。
「…とにかく始めよう。ゲームスタート!」
軽快な電子音と共に[開始]という文字が選択される。
程なくして始まったムービーに一同はゲーム画面へ向き直った。
かくして、僕と2期生とのコラボが僕のデビューぶりに幕を開けた。
(2期生たちの勢いについて行けるのか…?)
一抹の不安を抱えながら、僕はコントローラーを握りしめたのであった。
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