第10話


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『第一回、おたよりコーナー!』


画面の中で白い髪の少女が微笑む。スピーカーからパチパチと拍手らしき音が響いた。


『今回から設置された新コーナー。皆んなから予め募集したおたよりに…この私、白鈴蘭が回答していきます。尚、今後常設されるかどうかは決まっていません!』


彼女はにこりと笑うと小首を傾げる。


『今までもコメントで皆んなとお話する機会はあったけど、システムの仕様上皆んなからの発話とかそういうのはあまり無かったから今日はワクワクしています。さて最初のおたよりは…』







『ラジオネーム、[激烈サマーセーター]さんから。…[蘭ちゃん、こんにちは。いつも楽しく配信みています。蘭ちゃんの主食はミミズさん(友達)との事ですが、どんな味がするのですか?やっぱり妖精の味覚は人間と異なるのでしょうか?]…これねー。私のね…味覚に関して問うおたより、凄くたくさん来ていましたね。私個人というか、スズランの妖精全体の味覚について疑惑を抱かせてしまったみたいで…』


『これは妖精全体の沽券に関わる問題なのでしっかりとお答えします。…他の種族の妖精の事は分かりませんが、スズランの妖精の主食は水です。我々はただの花ではなく妖精なので、人間の食べ物も食べられます。ミミズさんを食べるのは私だけです』


『ミミズさんは人間という生き物にとっては泥臭くてあまり美味しく感じないみたいだね。だから皆んなは食べない方がいいです。では次のおたより』









『ラジオネーム、[シロクマ魔王]さんから。…[はじめまして。好きです]。ありがとう、私も好きだよ。…[そろそろリスナーの名称決めませんか?]。確かにVtuber界隈で自分の所のリスナーさんに名称付けるの流行っているよね。私もデビューして1年くらい経つし決めていいかも』


『…何にも考えつかないな。今この場で決めるのもどうかなって感じなので、今度改めて考えます。では次のおたより』








『ラジオネーム、[笹の葉サラサラ]さんから。…[蘭ちゃん、こんすず!]、こんすずー![毎日つらい中で蘭ちゃんの配信に癒されています。どうして蘭ちゃんはそんなに頑張れるの?蘭ちゃんが眩しい、僕も蘭ちゃんみたいになりたいです]。ありがとう、そう言ってくれて嬉しい。うーん…』


『私が眩しく見えるっていうのはそれはもうありがたい事なんけど…。生きるだけで大変なこの世の中で皆んなはもう十分頑張っているっていうか』


『人間さん達って生きる意義とかそういうのを考えがちだけど、生命を維持していくっていう時点でもうだいぶ大変なんだよね。だからもう笹の葉サラサラさんは既に頑張っている…っていうのは大前提』


『その上で更に頑張りたいっていうなら、私はそれを応援したい。思い悩み生きるあなたはきっと輝いている…と思う』


『難しいね、言葉にするのって。でも私はそう考えているよ。…じゃあ、次のおたより。えーっと…』






………

………………





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けたたましい電子音。

徐々に現実味を帯びるそれから逃れるように、僕は布団を耳までずり上げた。


「………」


鳴り止まない目覚まし時計に手を伸ばす。徐々に意識がはっきりしていくのを感じながら僕はスイッチを押した。

寝ぼけ眼のまま上半身を持ち上げる。


「昔の…夢…」


口から出たその呟きは乱雑な部屋の空気に消えていく。

暫くぼんやりとしていた僕は、やがてベッドから立ち上がるとカーテンを開けた。





















「この度、君のマネージャーになった槙原です。これ名刺」


差し出された紙片を受け取りながら目の前の人物を見遣る。

にこやかとは程遠い表情の彼が片眉を上げるのを見て、僕は慌てて名刺に視線を落とした。


「基本的にはさっき登録してもらった連絡先で問題ないけど、もし万が一繋がらない場合は会社の共用番号に電話して。事務が繋いでくれる」


淡々とした口調で説明する彼…槙原さんを盗み見る。角刈り頭、黒縁眼鏡に短く剃り上げられた顎髭。


(ううっ…何だか怖そうな人だ…)


渋みのあるその声に柔らかさはなく、僕は身体を縮こまらせた。


「質問は?」


「あ…」


その問いに無いと答えかけた時、蘭ちゃんの言葉が頭に過る。


(『私がこの業界に入ったのはね、槙原さん…私のマネージャーさんに声をかけてもらったから』)


ごくりと唾を飲み込む。


「ら、蘭ちゃんのマネージャーの"槙原さん"って…」


言いかけた疑問に槙原さんは何でもないように口を開いた。


「ああ…そういえば君は2期生たちとコラボしたんだったか。その時に聞いたのか?」


僕が何度も頷くと槙原さんは会議室の窓へ目をやった。


「Bright Futureは万年マネージャー不足でね。兼任している者が殆どだ。俺はフラワーズの2人と今回加わった君のマネジメント、あと営業部の執行役員として業務に携わっている」


「えっ!?執行役員!?」


驚きの声を上げた僕はハッと口を抑える。槙原さんは眉間に皺を寄せてこちらを見た。


「何か?」


「あっ…いや…。そんな偉い人がマネージャーとして現場にいるなんて思わなくて…」


尻すぼみになっていく僕の声。そんな僕を見据えた彼は軽く目を細める。


「さっきも言った通り、Bright Futureは今人が足りない。人員の採用を進めてはいるが追いつかないのが現実だ」


そう言うと槙原さんは顔を顰める。


(執行役員がマネージャーまでこなさなければいけないような人手不足…。

Bright Futureの運営状況は火の車なのかもしれない。もしかして蘭ちゃんの自死はそれも関係してくるのか?だとしたらとんでもない事だぞ…)


僕は顔を青くする。それをどうとらえたのか、槙原さんは僕に向かって表情を和らげた。


「今の話で不安にさせたならすまない。出来る限りの事はさせてもらうから、何かあれば遠慮なく相談して欲しい」


そう言って真剣な眼差しで僕を見遣る。


(強面だけど、思ったより優しい人なのかも…)


「よ、よろしくお願いします…」


僕がおずおずと頷くと、槙原さんはきりりと顔を引き締めた。


(や、やっぱり少し怖い…!)


険しい表情に震え上がりながら僕はマネージャー…槙原さんとの初対面を終えた。






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