第7話


『はいはーい、始まりました!新人Vtuber座談会〜!』


ごちゃごちゃとした僕の部屋。その中央に置かれたPCから男性の軽快な声が流れ出す。


『来てくれておおきに!主催者はこのわて、ライマメやで〜!』


(始まっちゃった…。ううっ…胃が痛い…)


冷や汗をかきながら胃の辺りをさすると、お腹がぎゅるぎゅると音を立てる。


『今日お集まり頂いたのは15名の新人Vtuberさん!いずれも籤引きで見事出場権を獲得した豪運の持ち主や』


ライマメさんのその言葉に、僕は改めて自分の幸運へ感謝した。


(今回の座談会の参加者が籤引きで決定される方式で本当に良かった…。うだつの上がらない配信者である僕はそうでもなかったらきっと選ばれなかった)


そう思いつつ画面上に映る緑色の豆を見つめる。


『さて、前置き長いのもアレやし早速始めていきましょー!』


開幕の挨拶に心臓がバクバクしてくる。


(この座談会は2時間しかない…その中で何とか情報を引き出さなくちゃ…)


僕は唇を噛み締めた。




















座談会は大変スムーズに進んだ。いや、スムーズに進み過ぎた。


(最初の自己紹介以外、一言も発言出来ていない…!)


PCの前で僕は頭を抱える。


(他の新人Vtuberさん達が積極的で全く口を挟めない…)


当たり前だ。Vtuberとしてアピールするまたとないチャンスをむざむざ見逃す者などこの場にいない。

増してや他の参加者たちは僕と違い本気でVtuberとして成り上がろうとしているのだ。


(何とか…何とか話に入り込まないと…!)


僕が焦燥感に駆られていると、主催者のライマメさんが他の参加者の発言を制止した。


『個性豊かな新人Vさん達とお話が出来て心がどんどん若返っていきますねぇ!これがアンチエイジングってやつ?って、話はさておき…座談会も中盤、ここでスペシャルゲストをお迎えしましょ〜!』


その言葉に僕は顔を上げる。


『今宵来るは、あの大物Vtuber!』


ドラムの音声が流れ、画面が暗転した。


『Bright Future2期生、薔薇園まり!』


その瞬間、画面の中央に青紫色のドレスを着た金髪の少女が現れる。どよめく座談会参加者たちをものともせず、彼女は高く結った二つ結びの髪を靡かせて大胆不敵に笑った。


『いかにも!泣く子も黙る薔薇の妖精、薔薇園まりとはあたしの事!』


彼女はビシッと画面のこちら側へ指を突きつける。


『慄け新人Vtuber共!讃えよ、あたしを!』


耳へダイレクトに響くその特徴的な声。参加者たちは皆、彼女の登場に沸き立った。 








薔薇園まり。

同期の蘭ちゃんと『フラワーズ』というコンビを組んでいるBright Future2期生。可愛らしい見た目に似合わない豪胆な性格で、そのギャップにやられたファンは多い。









僕は呆気に取られてその情景を見ていたが、


『…という訳で、いきなりですが質問コーナー行きます』


というライマメさんの声に僕は自分を取り戻した。


「あの!!!」


咄嗟にマイクへ向かって叫ぶ。


「質問!いいですか!!?」


シンと場が静まり返る。誰も反応しない事に焦り、僕はもう一度口を開いた。


「あの!!!」


『聞こえているわよ、うるさいわね!』


その言葉に僕は黙り込む。薔薇園まりはそんな僕に向かって顔を顰めた。


『耳がもげるかと思ったじゃない、声量考えなさい馬鹿!』


「す、すみません…」


彼女の言うことは尤もで、僕はPCの前で小さくなった。


『まぁまぁ、薔薇園ちゃん。新人さんやから…』


『ふん…』


ライマメさんの取りなしで薔薇園さんは鉾を収める。一呼吸置いたのちに彼女は喋り出した。


『それで?質問とやらは?あたしの耳をおしゃかにしたからにはそれなりの内容なんでしょうね?』


「あ…」


その言葉に僕はごくりと唾を飲み込む。


(この座談会中に質問できるチャンス…しかも、薔薇園まりという蘭ちゃんに非常に近い距離の人物に質問出来る機会はこれきりかもしれない。失敗は許されない)


緊張に身体が強張る。


「蘭ちゃん…あ、白鈴蘭さんって、お元気ですか…?」


頭が真っ白になった僕の口から言葉が転げ落ちた。僕の言葉を聞いた薔薇園まりは、目を大きく見開く。


『はぁ?』


困惑の感情が滲み出る声。


『あんた、蘭の知り合いなの?』


僕はそれを聞いた瞬間、自分の質問が決定的に不自然であった事を自覚した。


「いや、あの、知り合いではないんですけど…その…元気かなって…」


しどろもどろに弁解する。そんな様子を見兼ねてか、ライマメさんが僕へ話しかけた。


『あれかな?彼…ササラ君?は、白鈴ちゃんに憧れてるんかな?』


僕は必死に首を縦に振る。その動きに合わせて画面内に表示された自分のアバター…落書きのようにグチャグチャした人型のイラストがブンブンと揺れた。


『ふぅん…』


薔薇園さんは目を細めてこちらを見遣る。彼女はその表情を崩さぬまま、


『蘭は元気よ。以上』


それだけ言い放つと話は終わりだとばかりに口を閉じた。


「えっ」


その態度に僕はかたまった。


『薔薇園ちゃん、もうちょっと話広げへん?あまりに可哀想やろササラくんが』


ライマメさんがそう言うと、薔薇園さんは声のトーンを変えずに再び話し出す。


『…たまに沸くのよね、不埒な目的で蘭に近づく輩が。あの子は優しいから、勘違いした奴がうようよ寄ってくる。

挙句の果てには一方的な好意を免罪符にして事務所へ押しかけたり、マネージャー職へ応募してきたり、ストーカーになったり…』


そこまで一息に喋り、彼女は僕へ鋭い視線を向けた。


『あんた、そいつらと同じ匂いがするわ』


その言葉に僕は動揺する。


「ぼ、僕は不埒な目的でなんか…」


咄嗟に否定しようとして、言葉が止まった。








(本当に不埒な気持ちなど無いと言い切れるのだろうか?)


自分の中の内なる声が尋ねる。


(蘭ちゃんに会いたい、蘭ちゃんから認知されたい、この機会にあわよくば彼女に好かれたら…なんていう邪な気持ちが本当に無かったと言い切れるのか?)


真っ直ぐにこちらを見る薔薇園さんの視線に耐えきれず、僕は画面から目を逸らした。


(僕は薔薇園さんが言う"不埒な輩"という言葉を否定出来るのか?)


僕は黙り込む。膝に置いた手が微かに震えた。









『薔薇園ちゃん、流石にいじめ過ぎやで!ええやんか、白鈴ちゃんの話しようや』


場違いなほど明るい声…ライマメさんの言葉がスピーカーから響く。

彼の場を整えるような声音に、薔薇園さんが表情を緩めた。


『…確かに言い過ぎた、お詫びするわ』


薔薇園さんはそう言うとお辞儀するように身体を傾ける。その姿を見届けてライマメさんは一際明るく喋り出した。


『そういえば、この間のBright Future2期生の歌祭にえらい感心したわ。白鈴ちゃんは恋をテーマにしたバラードを歌ってたな。しっとりした良い曲で涙出かけた!』


ライマメさんの言葉に薔薇園さんは顔に笑みを湛える。


『ふふん!蘭は歌が上手いから。耳の肥えたあたしですら聴き惚れるくらいだもの』


まるで自分が褒められたように自慢げな口振り。その様子から白鈴蘭と薔薇園まりの2人…フラワーズが本当に仲の良いのが見て取れた。


『ほんまになぁ!でもあの歌祭から白鈴ちゃん元気なくなってしもたよな?どしたん?』


(歌祭から元気がない?)


その言葉に僕の耳はピクリと反応する。

薔薇園さんは一瞬不自然に押し黙ると、一拍置いて話し出した。


『…そうね。蘭は頑張るタチだから少し疲れたのかもしれないわ』


『なるほど…確かに大掛かりなイベントやったもん、そら疲れるよな。もし会う機会があったら何かおごったろ』


『その時にはあたしも呼んでよ』


Vtuber同士なら全くおかしくないはずの会話。

しかし僕はその言葉に違和感を覚えた。


(薔薇園まりというVtuberは蘭ちゃん以外とのオフコラボを殆どしない事で有名だ。現に今日の座談会コラボだってオンライン…)


僕の疑問を裏付けるようにライマメさんが不思議そうな声を出す。


『ん?薔薇園ちゃんがそんな事言うの珍しいなぁ。ええで、このライマメに任しとき!先輩風って奴をブイブイ吹かしたるで!』


彼の言葉に薔薇園さんが笑う。

その後は他の新人Vtuberも交えながら談笑し、つつがなく座談会は幕を閉じた。


















座談会の後も僕はVtuberとして地道に活動を続けた。

活動期間が長くなるにつれ他のVtuberとの関わりも増え、蘭ちゃんの情報も集まっていったがいずれも「Bright Future2期生の歌祭から元気がなくなった」「配信では変わりない様子だが、裏ではぼんやりとしている」という話だった。


(やっぱり歌祭で何かあったんだ)


重なる情報に確信にも似た気持ちを持つ。


(でもいったい何が?)


その疑問を胸に、僕は他のVtuberとの交流に勤しんだ。






















2022年7月5日。


(明日だ。明日は蘭ちゃんの訃報が発表される日だ。)


ついに迫ったその日。僕は自室の部屋に寝転がり、ぼんやりと天井を眺めていた。


(結局殆ど何も分からずこの日を迎えてしまった。分かったのは歌祭の日に何かが起こったらしいという事だけ)


歌祭はBright Futureが主催しているだけあって、外部のVtuberは裏事情を知らないようだった。


(やはり蘭ちゃんの所属するBright Futureへ潜入するしかないのかもしれない)


そこまでツラツラと考えた僕は座談会での薔薇園まりの言葉を思い出す。


(不埒な輩…僕はあそこでその言葉を否定できなかった)


あの時の薔薇園さんの鋭い視線が、時間を超えて僕に突き刺さる。


(僕はどこかで自分の事を"蘭ちゃんを救うヒーロー"のように思っていた。「助けた暁にはもしかしたら…」という淡い期待も心の片隅にあった)


ずっと思っていた。蘭ちゃんが僕を認識してくれたら。蘭ちゃんが僕に恋愛感情を向けてくれたら。蘭ちゃんが、大勢の人間の中から僕を見つけだして愛してくれたらと。


(でもそれは薔薇園さんが言う"不埒な輩"と何が違う?)


その問いは刃物を喉元に突きつけられるようで、僕の身体は氷へ触れたように強張った。


(…やめよう、この事を考えるのは)


僕は床に転がっていた時の球を引き寄せる。


(本当は訃報をその目で見るまで諦めないべきなんだろうけど、)


手の中で飴色がきらりと光る。


(もう蘭ちゃんが死んだという証を目にしたくない。次はきっと上手くやる。だから)


「…ごめんね、蘭ちゃん」


僕は時の球を握りしめると、静かに目を閉じた。







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