第6話


PCの画面に子どもが書き殴ったようなイラストが蠢く。何の物体かも分からないそれは、モニターの中でうねうねと揺れていた。


「あ、あ、えーっと…あの、その…」


そんな画面を前にしてマイクへ向かい、青褪めた顔で喋りだす。意味をなさない言葉の羅列ばかり繰り返す僕へ能田くんが小声で話しかけた。


「笹崎氏、音声がミュートになっているでござるよ!」


「えっ!?」


その言葉に設定を確認すると、確かにその通りだった。出鼻を挫かれたような気持ちで肩を落とす。








鎮座したマイク。取り付けられたwebカメラ。急拵えで描いた身体となるイラスト。


僕は今まさに、Vtuberデビューを果たすべくPCへ向き合っていた。









しおれた表情で僕は能田くんを見遣る。


「能田くん本当にやるの…?やっぱり無茶だよ、僕がVtuberになるなんて…」


呟くようにそう言うと能田くんはこちらを向き僕と視線を合わせた。


「作戦会議の時にも言ったが、笹崎氏はVtuberとして成功する必要は無いのでござる。配信者として活動しているという実績を作り、他のVtuberに接触し易くするのが目的であるからして。…笹崎氏も一度は納得したでござろう?」


その問いかけに僕は黙り込む。


「そんなに嫌なら辞めれば」


ぶっきらぼうな声。雑然とした僕の部屋の隅で悠々と寝転がる平石くんは、そう言うと大きくあくびをした。

僕は両手で顔を覆う。


(…本心を言えば今からでも辞めたい。配信なんて嫌だ。でも)


堪えるようにグッと目を瞑る。


(蘭ちゃんが死ぬのはもっと嫌だ)


心の声が一際大きく主張した。


「…僕、やるよ」


僕はPCに向き直ると顔を引き締める。両頬に喝を入れると、音声をオンにした。


「…あの!僕、は、Vtuberの笹ざ…じゃなかった、ササラ?って言います…初めまして…」


力を込めて挨拶するが、自信の無さが表に出て尻すぼみになってしまう。


「今日が初配信です…それであの、ええっと…」


能田くんが僕を元気付けるように力瘤をつくる。それを見ながら僕は事前に決めた台本を思い出し口を開いた。


「竹籠から生まれた付喪神…」


能田くんが大きく頷く。


「…という設定、です…」


僕のその言葉を聞いて、頷いていた能田くんが盛大にずっこけた。

その時、配信画面上に異変を感じて僕はモニターを注視する。見覚えがない文字が、画面内に表示されていた。


[初めまして]


暫く文字列を眺めて、それが視聴者からのコメントだと気がつく。


(えっ)


視聴者が殆どいない枠でコメントをされるとは思っていなかった。

驚愕の表情で固まった僕は、能田くんに肩を叩かれた事で我に返る。


「あ、うわ、おっ…。は、初めまして…!コメントありがとうございます…!」


(何か話さなくちゃ)


口の中の水が干上がりぱくぱくと口を開閉する。


「しゅ、み…は」


必死に頭を働かせて、僕は


「趣味は…動画とか観たり…あと漫画読んだりとか…してます…」


と発言した。






しばし後、新たなコメント。


[話つまらなすぎて草]


その文面を読んだ僕は現実から逃れるように意識をホワイトアウトさせた。
















醜態を晒した初配信。鳴かず飛ばずの再生数。

でも僕はその後も配信を続けた。


(みっともなくても良い、それで彼女が生きる未来を引き寄せられるなら)











そして、チャンスが訪れた。









「新人Vtuber座談会…?」


自室でチェックしていたSNS。タイムラインからまわってきた情報に目を瞬かせる。それは新人Vtuberを集めて支援をしようという企画らしかった。


それとなく眺めていた僕は、ある情報を読んで目を見開く。


「主催者はあのライマメさん!?」


ライマメ。それは関西弁で話す豆として登場した個人Vtuberの名前である。Vtuber黎明期から活動している古株で…何を隠そうこのライマメさん、蘭ちゃんと度々コラボする仲なのだ。


「えっ!?[当日はあの有名Vtuberもゲストとして登場]…!?」


その文字に身を乗り出す。


(ライマメさんと繋がりのある有名Vtuber…もしかして、蘭ちゃん…!?)


期待に胸が高鳴るのを感じる。

僕は即座に応募フォームを開くと、必要事項を書き込み送信ボタンをクリックした。




-----------


ご応募ありがとうございます。

返信まで数日お待ち下さい。


-----------





送信後のメッセージを見てホッと息を吐き出す。そのまま脱力し僕は床に寝転がった。

天井を見上げて思いを巡らせる。


(Vtuberとして活動してきて初めて巡ってきた、関係者から蘭ちゃんの情報を引き出すチャンス)


指先に力がこもる。


(絶対にモノにするぞ、この機会を…!)


気合いを込めて、僕は虚空に向かって正拳突きをした。





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