第5話


「はぁ〜………なるほど……」


夕飯時、客で賑わうファミレス内。

能田くんがこめかみに指を当てながら何とも言えない顔をする。


「笹崎氏の主張は大体分かりましたぞ。今から1年後にBright Future2期生、白鈴蘭殿の訃報が発表される。笹崎氏はその運命を変えるために時を遡ったがもう既に2回失敗している。死因はどうやら自殺らしい。何とかしたい、力を貸してくれ…と」


そこまで言葉にした能田くんは深くため息をついた。テーブルの上の料理から立ち上る湯気が揺れる。


「正気を失ったのかと疑うような主張だが、笹崎氏の話が事実だと仮定して申し上げますぞ。…ぶっちゃけ無理ゲーでは?」


「うう…」


僕は能田くんの言葉に項垂れる。


「死因が自殺っていうのは厄介でござるよ。一度それを阻止しても、本人がその気ならいくらでも機会があるからして」


冷静にそう指摘する能田くんに言葉が出ない。救いを求めるように平石くんを見遣ると、平石くんは数度瞬きをした。


「俺も正良と同意見かな」


そう言いながら平石くんは手に持ったフォークを置く。


「自殺をする人間には何かしら動機がある。阻止するにはその動機を取り除かないといけない。それ、拓也に出来んの?」


「ううう…」


尤もな指摘に僕は呻き声を上げた。そんな様子の僕を見て平石くんはやれやれと言いたげに肩をすくめる。


「そもそもの話なのでござるが…」


能田くんが眼鏡の位置を整えながら口を開く。


「笹崎氏、Vtuberの白鈴蘭殿とその中の"魂"を混同して考えていないか?」


「え…?」


言われた意味がよく分からず気の抜けたような声を出した僕に、能田くんは懸念するような表情を向けた。


「Vtuberの中の人…いわゆる"魂"と呼ばれる存在は、キャラクターを構成する一部であってキャラクターそのものではない」


表現を選ぶような素振りを見せながら、慎重に…しかし明瞭に彼は言葉を紡ぐ。


「Vtuberというのは様々な要素の複合体。笹崎氏の行動を聞いていると"魂"をVtuber白鈴蘭と同一視しているように思える。"魂"はもしかしたら笹崎氏の知る白鈴蘭とは違う内面を持った人間かもしれない…。それを分かっているのでありますか?」


そう言って彼は僕の目を見る。


「白鈴蘭の中の人、"魂"の人生…。1人の人間の生涯へ介入し、命を背負うだけの覚悟が笹崎氏にはあるので?」


その言葉に僕は思わず息を呑んだ。


「僕は…」


彼の問いかけに答えようと開口するが、結局何も口にする事が出来ず俯く。


「僕は…………」


ファミレスのテーブルの木目がやけにはっきりと目に飛び込んでくる。

その木目を見ながら、僕の頭にはある記憶が鮮明に思い出された。












✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎










その日は何をやってもついていなかった。


寝坊して走った通勤路で盛大に転び、仕事は上手く行かなくて、午後には酷い頭痛に襲われ、帰り道では犬に吠えられた。夕食を買おうとコンビニへ寄ったら丁度品出しの前だったのか弁当が全部売り切れていた。


家へ帰り着き冷蔵庫を開ける。


「…缶ビールしかない」


ビールを取り出してプルタブを立てると、沈んだ気持ちとは裏腹に小気味良い音が鳴った。いつもは心地よく思う苦味が煩わしく感じる。

空になった缶を流し台に放るとけたたましい音をたてながらビール缶は床へ転がり落ちていく。

それを尻目に歩き出し、僕はスーツのままベッドへ倒れ込んだ。


「あー…お腹空いた…」


そんな言葉が口から垂れ流される。


(近所のスーパーまだやっているかな…。いや、今から行くの面倒だし今日はもういいや)


寝転んでいると段々眠くなってくる。


(何もかも面倒過ぎる…このまま寝ようかな…。でも何か忘れている気がする、何か…)


瞼を閉じて微睡み始めた僕は、ある事を思い出してガバリと起き上がった。


「今日蘭ちゃんの配信じゃん!」


這い寄るようにスマートフォンへ近付くと素早く電源を付ける。


(何で忘れていたんだ僕の馬鹿馬鹿馬鹿!)


急いで彼女のチャンネルへアクセスすると、もう既に配信は始まっているようだった。

液晶の向こうに蘭ちゃんの姿とノベルゲームらしきゲームのプレイ画面が映し出される。


『えっ…?選択肢出てきた…。[A.放置する B.話しかける]って、何で主人公はいきなり校庭の木に向かって話しかけようとしているの…?これ学園物の恋愛シュミレーションゲームだよね?』


困惑したような声でゲームテキストを読み上げる蘭ちゃん。どうやら今日はゲーム実況をしているらしい。

その選択肢は本当に唐突だったようで、コメント欄からも動揺が見てとれた。


『…意味が分からないけど、話しかけたら何かあるのかも。Bにしてみようかな』


そう言いつつ彼女がカーソルを動かしクリックする。その途端、荘厳な音楽と共にゲーム画面内の木が光り始めた。


『えっ!?』


蘭ちゃんが目を見開く。その間にも木は輝きを増していき、やがて画面中央に緑色を基調とした色彩の女の子が現れた。


『えっ…[私は木の精霊。よくぞ私を見つけ出してくれました、結婚しましょう。愛していますフォーエバー]…?』


呆然とする蘭ちゃんを他所に進んでいく物語。あれよあれよという間に主人公は木の精霊と結婚式を挙げ、エンドロールが流れ始めた。


『ええ…?』


空いた口が塞がらないというような表情で蘭ちゃんはエンドロールを眺めていたが、やがて大きく息を吸うと目を閉じた。


『……』


暫くの沈黙。


『…人生って、こういうものなのかもね』


(いや、どういうこと?)


開口するや否や何やら納得している様子の蘭ちゃんに思わず心の中で突っ込みをいれる。

混乱する視聴者を横目に、蘭ちゃんは静かに語り出した。


『人生って選択の連続だと思うんだよね。こうしてリスナーの皆んなと一緒にゲームが出来るのも、数多ある選択肢の中から皆んなが私を見つけ出してくれたからなんだなって』


彼女の髪がさらさらと揺れる。


『私も数年前はこうやってVtuberやっているなんて思わなかったし。だから木の精霊さんと出会えて、結婚出来て…良かったと思っている』


彼女は目を開け、こちらを見つめた。


『他の攻略対象キャラクターと恋している最中に木の精霊さんと結婚する事になって凄くびっくりしたけど、それも私が選んだ行動の結果であって幸せか不幸せかっていうのはまたその後の自分次第だと思うの。私、木の精霊さんと幸せになる…!』


そう言って、彼女は微笑んだ。


(何て素敵な考え方をするんだ…!)


僕は感動した。なんと美しい心を持っているんだろうと思った。


(アイラブユー フォーエバー、蘭ちゃん…!)


そう心中で叫ぶ。僕は蘭ちゃんを生涯推すと決めた。


「でも木の精霊と結婚エンドは理不尽だと思うよ、蘭ちゃん…」












✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎















「…僕は、」


テーブルの木目から顔を上げる。


「蘭ちゃんの言葉が全部作られた物だとは考えられない。蘭ちゃんの"魂"は紛れもなく蘭ちゃんの一部であって、同時に蘭ちゃんの"魂"にとってもVtuberの蘭ちゃんは自身の一部だと思うから」


そのように言うと、能田くんは僅かに目を見開いた。


「僕は蘭ちゃんの中身が今の魂で良かったと思うよ。彼女だから好きになった。僕は彼女に生きていて欲しいんだ」


断言するように僕が言い切ると平石くんが片眉を上げた。


「ひゅーひゅー、恋してんねー」


平石くんが抑揚のない声音で茶化す。

彼の言葉を聞き、僕は自分の発言を思い返して顔を赤くした。


「や、やめてよ」


恥ずかしさに僕が身を縮めていると、能田くんがきらりと眼鏡を光らせる。


「そういう事なら、やる事は決まっているでござる」


その言葉に僕は目を瞬かせた。


「やるって、何を…?」


僕が尋ねると能田くんがにやりと笑った。





「ズバリ…Vtuber界隈へ潜入捜査でござる!」






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