第3話


「お待たせ致しました。ハンバーグ定食です」


目の前に置かれたハンバーグから勢いよく湯気が立ち上る。

芳醇な香りのデミグラスソースが美味しいハンバーグ定食は、リーズナブルな価格帯で料理を提供するこのファミリーレストランの名物メニューである。


いつもであれば熱々を食する所であるが、神妙な空気が漂うこのテーブルにおいて運ばれてきた料理に手をつける者はいなかった。


「笹崎氏…」


沈痛な面持ちで顔を伏せていた、眼鏡の青年が顔を上げる。


「能田くん…」


期待に満ちた目で僕が彼を見つめ返すと、眼鏡の青年は一層痛ましげな表情をした。


「ガチ恋とは聞いておりましたがここまで妄想を拗らせていたとは…。つらく苦しいオタク道、その中でも一際厳しいガチ恋勢として突き進んだ笹崎氏の勇姿、忘れませぬ。もし笹崎氏が警察のお世話になっても拙者はいつまでも塀の外で待っております故…」


そう言いながら合掌する眼鏡の青年。

その横の席では癖毛の青年が携帯電話を取り出し通話をし始めた。


「もしもし?すみません、病院紹介窓口ってこの番号ですよね?…はい、はい、そうです。精神科か心療内科を紹介して頂きたくて…」


「えっ、ちょっ、平石くん待って」


僕の制止を聞いた癖毛の青年はこちらを一瞥すると再び携帯電話に向かって話し出した。


「症状ですか?…妄想というか、そういう類の物を現実だと思い込んでしまっているみたいで。…はい、十年来の友人なんですけど…はい…」


病院探しを始める癖毛の青年。こちらへ向けて合掌を続ける眼鏡の青年。


僕はそんな彼らの肩に手を置き強く揺さぶった。


「一旦!話を!聞いて!」


















「ごめん。精神に異常を来したのかと思って」


悪びれる様子なく癖毛の青年…平石健斗が言う。


「驚きましたぞ。笹崎氏は冗談を言うタイプでないからして…」


ため息を吐きながら、眼鏡をかけた青年こと能田正良は肩をすくめた。






平石健斗、能田正良。

彼らは僕の数少ない友達だ。中学の時からの付き合いで、社会人になった今でも交流が続いている。







「しかし俄に信じ難い話でありますな。Bright Future 2期生の白鈴蘭殿が約1年後に亡くなってしまうなど…」


そう言いながら能田くんは眼鏡のつるを持ち、上へ直す。


「しかも今目の前にいる笹崎氏はその運命を変えるために未来から来たなんて…ますますオカルトの世界ですぞ」


能田くんはお手上げだとでも言うように首を左右に振った。


「でも本当なんだよ…」


小声で僕が呟くと、能田くんがこちらへ視線を向ける。


「そもそもの話、"白鈴蘭が亡くなった"と笹崎氏は言うが死因は何なのでござるか?」


「それは…」


その言葉を聞いて僕は項垂れた。


「分からないんだ…事務所から発表されたのは彼女が亡くなったという事だけで、詳細は何も…」


能田くんが難しげな顔をして顎に手を当てる。


「引退や卒業という言い方ではなく訃報と銘打たれていたのですな?」


僕は力無く頷く。

そんな僕を見て能田くんはぶつぶつと考え込んだ。


「なるほど…そうなるとキャラクターどうこうではなく"中の人"が死亡したという可能性が高まるか…」


暫く首を傾げていた能田くんはふと隣を向くと呆れたように声をかける。


「平石氏、この状況でよく食事出来ますな…」


僕は顔を上げて平石くんの方を見る。

丁度平石くんはハンバーグ定食についている人参のソテーを口へ放り込んだ所だった。

彼の形の良い口がにんじんを咀嚼する。


(昔から、平石くんって何をしていても絵になるんだよな)


僕は薄ぼんやりとそんな事を考える。

平石くんはゆっくり人参を味わい嚥下すると何でもないように口を開いた。


「だって俺、そのシロスズランって奴のこと知らないし。それに当の拓也からどうしたいか聞いてないから何も言いようがない」


その言葉で僕は『何故2人を呼び集めたのか』を彼らに対し説明していなかった事に気がついた。


深く息を吸って呼吸を整える。


「平石くん、能田くん」


そう呼びかけると、2人はこちらへ向けて目を合わせてくる。

僕は背筋を伸ばすと真っ直ぐに彼らを見据えた。


「僕に、知恵を貸して欲しいんだ」



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