第2話
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思い返せば平凡な人生だった。
僕、笹崎拓也はとある地方都市に生まれた。
ごく一般的な家庭だったと思う。一人っ子だったけれど、それに対して不満を持つ事もなく育った。
地元の中高へ通い、大学進学にあたって上京してそのまま都内で就職。
家賃の安さだけが売りのアパートに住んで
(僕の人生、こうやっていつの間にか終わっていくんだろうな)
なんて思いながら淡々と職場へ向かう日々を過ごしていた。
あの日までは。
「人使いが荒すぎるよ〜…。僕まだ新卒なのに…」
平日、帰宅した僕は簡素なベッドへ寝転びながら動画投稿サイトを漁っていた。
適当な動画を見て気を紛らわそうとサムネイルを眺めていた時、ある一点に視線が吸い寄せられる。
「…?」
白一色に人物らしきシルエットのみが描かれたそれ。
カラフルなサムネイルが並ぶ中で、そのシンプルな画面は異彩を放っていた。
(何だろう、この動画…)
思わずタップすると[もう少し待ってね]と書かれた画面が表示される。
画面の中央にはコメントらしきものが流れており、彼らは誰かの登場を待ち侘びているようだった。
「【Bright Future2期生】白鈴蘭【初配信】…?」
僕が動画タイトルを読み終わるかどうかという時、突如画面が暗転したかと思うと少女のイラストが映し出される。
少女は暫く目線を彷徨わせていたが、やがてこちらに視線を合わせて微笑んだ。
『こんばんはー!…画面はちゃんと映っているかな…?音とかミュートになってない?大丈夫?』
高めの可愛らしい声がスマートフォンから流れ出す。
『大丈夫みたいだね!えっと、改めて…
皆んな、初めまして!Bright Future所属バーチャルライバーでスズランの妖精、白鈴蘭だよー!』
彼女の言葉を聞いて、僕は友人たちとした最近の会話を思い出した。
(そういえば能田くんがこの間「今Vtuberがアツい!」って熱弁していたな。これか、Vtuberって)
そんな事を考えながら少女の顔を眺める。
『元々はただのスズランだったんだけど、徐々に心が宿ってこの姿になったの。この世界の事をもっと知りたくて配信を始めたんだ!よろしくね!』
彼女がそう言葉にすると同時に彼女の表情が再び笑顔に移り変わる。
僕はそれを見ながら現代の技術力に感心した。
(これって表情はあらかじめプログラムされているのかな?凄いなー、最近の技術って)
彼女の顔をまじまじ見つめていると、彼女はコメント欄へ目を向けた。
『[初配信楽しみにしてた]、ありがとう!私も皆んなに会えてとっても嬉しいよ!
とりあえず自己紹介はしたから、配信の方針について話そうかな。
ゲームが好きだから、RPGとか…あとシュミレーション系とかを主にやって行こうかなって思っているよ。
……え?[スズランの妖精なのにゲームするの?]って?
スズランの妖精と言えどもゲームはします。だって面白いから』
『[どこに植っているスズランなの?]…え…………決まってない………あっ、いや、何でもないよ!
えーっと…庭園?に、はえているよ!多分…。
あっ、やめてやめて!しらみ潰しに国名出さないで下さい!
異世界の庭園の隅っこにはえています、これは決定事項です!』
『[普段何を食べて生きているの?]…普通にご飯食べている…けど…?……あっ!?もしかしてスズランの妖精の生態を聞かれている!?
あっ、えっと、んーーー……ミミズ、とか…?』
『やばい…コメント欄がミミズ一色になっちゃった…。違うんです、土を綺麗にしてくれるミミズさんはお友達です!
え?[友達を食べる癖が…?]ち、違う!』
…
…………
…………………
『…あれ?もうこんな時間!?まりちゃんにバトンタッチしなきゃ!一時はどうなる事かと思ったけど、無事に配信出来て良かったー!
皆んな、今日は来てくれてありがとう。私と同じくBright Future2期生の薔薇園まりちゃんがこの後に初配信するから是非見て下さい!またねー!』
彼女の言葉と共に、画面にエンドカードが流れ始める。
配信が終わった事を確認すると僕は大きく伸びをした。
(何かよく分からないけど、久々にたくさん笑った…気がする)
携帯端末を操作し、SNSを開く。
検索窓に彼女の名前を入力するとすぐヒットした。
(次の配信予定は…3日後か)
スマートフォンの電源を落とし、枕元へ置く。
徐に立ち上がると蛍光灯の電気を消してもう一度ベッドへ倒れ込んだ。
(次回も見てみようかな)
彼女の柔らかな笑みと鈴の転がるような声が脳裏に繰り返される。
暗い部屋の中で僕の意識は少しずつ沈んでいった。
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「………」
遠くに聞こえる小鳥の声と朝日の強い光に意識が覚醒していく。
机から上半身を持ち上げると身体がバキバキと音を立てた。
「……………」
ぼんやりとした頭で、僕は夢の中に出てきた初配信時の彼女の姿を追いかける。
しかし色濃く残った夢の残滓は現実に塗りつぶされていった。
「そうだ、僕は何も…」
徐々に記憶が蘇ってくる。
SNSで見た彼女の訃報が頭を駆け巡り、僕は両手で顔を抱え込んだ。
「………」
どれだけそうしていただろうか。
蝉が鳴き出す頃、僕はゆっくり顔を上げると携帯電話を取り出した。
端末に登録されている連絡先から目当ての文字列をタップする。
耳に当てたスマートフォンから響くコールの音。
「…もしもし。朝からごめん。
どうしても相談したい事があるんだ。今日の夜に会えないかな?」
相手からの返答を聞いて、僕は静かに
「ありがとう」
と告げた。
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