第25話 ドライブ
一番大切なことを忘れていた。勝手に外野で盛り上がっていたが、当の本人の意思が何よりも大事ではないだろうか。暁はどうやらカルタの級や段に特段こだわりを持っていないらしい。以前、本人がそう言っていた。だから、断られる可能性は大いにある―
「かぐや先生、お休みの日なのにすみませんね。2日間、暁がお世話になります」
深々と頭を下げる月見荘の女将に、都築はさらに深々と頭を下げ返した。
「こちらこそ、車を貸していただいて助かります」
「古い車でごめんなさいね。ちゃんとメンテナンスは受けてますから」
ちょうどその時、ボストンバッグを斜めがけした暁が玄関からでてきた。都築に気がつくと、駆け足で近寄ってくる。
「かぐやちゃん、おはよう! 今日と明日、宜しくお願いします!」
「…おはよう(階級なんて興味ないんじゃなかったでしたっけ?)」
隣に並んだニコニコ笑顔に、都築は心の中で悪態をついた。商店街の抽選会で当てた1等温泉旅行ペア宿泊券。都築の提案に、暁は一秒たりとも躊躇わずOKした。
「暁、先生に迷惑かけたらだめよ」
「分かってるって」
「忘れ物はない? 替えの下着は入れた?」
「入れた入れた。もぉ、大丈夫だから!」
女将とこんな会話をしている暁は、学校でみる暁よりも、小うさぎ亭でみる暁よりも、ずいぶん子どもっぽく見えた。
実際、暁は子どもなのだ。高校2年生は十分子ども。暁がもし女子だったら、大会に出るという名目があるとはいえ、教師と生徒の温泉旅行なんて誰も許しはしなかっただろう。もしくは都築が女でもだ。
恋愛は男女で起こるという思い込みがなせるわざだ。この田舎では、外国の血が入ったキララでさえも物珍しい。都築は女将に言いたかった。世の中には同性同士の恋愛だってあるし、生徒に手を出す鬼畜教師だっているんですよ、と。自分は決して違いますけどね、と。
そんなこと、わざわざ言った時点で怪しい奴なので、もちろん言いはしなかったのだが。
水色の空が遠くに広がっている。すっかり冬仕様の空模様だ。今週末は寒波が襲来するらしく、全国的に一層冷え込むとのことだった。たしかに今朝はいつもより寒い。首元のマフラーを掻き寄せる。
「かぐやちゃん、早く行こう!」
いつの間にか暁が助手席に乗り込んでいた。ニコッと向けられた笑顔に、つい口元が緩みそうになるのを咳払いでなんとか誤魔化す。
女将に悠々と見送られながら、2人を乗せたジープは北に向かって走り出した。
♢
道中、サービスエリアで名物ソフトクリームを食べたり、女将が持たせてくれたお弁当をつまんだり、たまたま目についた城に寄ったりしつつ、目的の旅館には順調に到着した。
こう言っては何だが、月見荘とはレベルが違いすぎて、さすが全国的に有名な温泉地だなと感心する。まず、入ってすぐに違いを分からせられる。広い駐車場。プロに手入れされた生け垣、側溝を泳ぐ鯉、創業当時の建物を生かしつつ今風に建て替えられた建物全体。当然、自動ドアだし、エレベーターはあるし、バリアフリーである。
旅館を見上げた暁は、
「真似できるところがあればって思ってたけど…これは…」
と呆気にとられていた。不憫である。
チェックインし、部屋に荷物を置く。暁が手慣れた様子でお茶を淹れてくれた。備え付けの饅頭は甘さ控えめのこしあんぎっしりで美味しかった。カルタ部への土産は早々に決まった。
翌日の公式戦がある会場も確認したところで、2人は少し早めの夕食を取ることにした。宿泊券の内容に夕食は入っていなかったから、外へ食べに行くことになる。
温泉街のお土産物屋が並ぶ通りを、家族連れやカップルに紛れて2人は歩いていた。隣の暁は何にでも興味津々で、全然先に進まなかった。
名物の焼き物や手拭いを、面白そうにきょろきょろ見ている暁。焼き物や手拭いくらいどこにでも売っているだろうに、と思いつつ、楽しそうにしている暁はいくら見ていても飽きない。都築は、うさぎの箸置きを見る振りをしながら、暁にたっぷり時間を与えた。
目の前に広がるのは、どこぞの商店街とは比べ物にならない洗練されたイルミネーション。きっと暁にとって、自分の目で見るのは初めての経験だろう。家業を手伝ってばかりの彼は、地元以外を知らなすぎる。
(「俺たち、どう見えてるんだろう」)
暁の生まれ育った寂れた温泉街。あの街では、2人は教師と生徒にしか見えない。あの世間は、あまりにも狭い。都築にしたって、暁にしたって、あの街では有名すぎる。
でも、ここならどうだろう。すれ違うのは皆知らない人ばかり。となれば、彼らの目に2人は一体どう見えているだろう。
親子…はさすがにないか。無難なところで兄弟か。それにしては顔が似ていない。
ならば、友達? 少し年の離れた友達。例えば、ネットで知り合ったゲーム仲間、もしくは今どき文通相手…悪くない。もしくは――
少し前を歩いていた暁がくるりと振り返った。イルミネーションの光が、天からの祝福さながら暁の頭上に降り注いでいる。
「かぐやちゃん、ここはどう?」
暁は「夕食をここで食べるか?」と聞いているのだ。都築は即答した。
「うん」
ここが何屋なのか、見もせず都築は答えた。別に何屋でもいい。肉でも魚でも、和食でも洋食でも。暁がここで食べたいなら、それでいい。
そんな気持ちで満たされていた都築は、暁の前へ進んで行って、木の枝の面影が残るドアノブを引き、暁を中へ誘った。
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