第参話

 ◆


 花が綻ぶ。


 薄紅色の小さな蕾が、今にも咲こうと身を震わせていた。根は白銀、茎は黄金、薄紅の花はやがて真珠の実を結ぶ。


 かぐやは中庭で枝の先を弄んだ。男が姿を現さなくなって一月あまり。これほど長い間姿を見せなかったことはない。ここでの男の仕事が終わったのだろうか。ならば、かぐやに会いに来る理由もないと言うわけか。なんとも薄情な男である。


 屋敷ではもはや、争いが近いことを隠そうともしなくなっていた。兵が集められ、武器が集められ、火蓋が落とされれば、すぐにでもそれは始まってしまう。常時臨戦態勢。かぐやの守りだって、以前より遥かに堅い。


 どうせ今日も来ないのだ。いつしか男の来訪を待ちわびるようになっていた己に毒づきながら、眠りにつこうとした、その時。


 金色がキュイキュイ鳴き、ぴょんぴょん飛び跳ねた。かぐやは瞳を見開いた。金色は気配が分かる。人よりも早く男の気配が分かるのだ。


 その瞬間、かぐやは男に抱きついた。金色が入り込む余地はなかった。かぐやは男の顔を両手で撫でた。見覚えのない大きな傷が男の顔に刻まれていた。顔だけではない。首も腕も傷だらけ。見えない場所にもきっと傷があるに違いない。かぐやは思わず後ずさった。


「どうして」

「少ししくじってね」


 男の声は驚くほどに優しかった。かぐやを安心させようとしたに違いない。


「ずっと黙っていたんだが、実は――」 

「言わないで。分かってる。分かってる…」


 かぐやは男を抱きしめた。涙が溢れてくる。男は頭を優しく撫でてくれた。


「分かってたなら、なぜ」

「あなたこそ。そんな目にまであって。ここに来るのは、前よりずっと危険なのに」


 男の腕がかぐやを強く抱きしめた。


「愛してしまったからだよ。初めて出会ったあの日から、ずっと」


 ◆◆


 何重もの衣を脱ぎ捨て、あらわになった白いうなじ。女は自身の細い首をゆっくりと撫で、物欲しそうに男に目配せした。男は女のうなじに舌を這わせる。女は男の襟を噛んで声を押し殺した。男の舌が、指が、女の白い柔肌を撫でる。


 男の荒い吐息と女の押し殺した嬌声が、熱を帯び、甘く交わる。

 二人はついに結ばれた。


 ◇


「んっ」


 若槻暁は飛び起きた。


「夢か…」


 初めて見る夢だった。暁はたまに前世の夢を見る。都築と出会ってからは、レパートリーも増えてきた。


 だけど、時々思うのだ。


 これは本当に前世の夢なのだろうか、と。自分の願望が生み出した夢想ではないのだろうか、と。


「最悪だ…」


 確認しなくても分かる。気怠さに下半身の最終的な不快感。暁はひどく自己嫌悪した。

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