第19話 文化祭

「かぐや先生、これ持って!」


 都築はカルタ部員の山里カレンにお手製プラカードを持たされた。


『入部希望者年中募集中!!』


 漢字だらけの達筆でそう書いてある。


「かぐや先生、ここ立って!」


 そう言って、これまたカルタ部員の小倉ミオが指し示したのは、2日に一回部室として使っている理科棟2階の和室前である。


「かぐや先生、はい笑って!」


 カルタ部員最後の一年生天野リサがスマホを構えた。都築は小首を傾げ、ふっと微笑んだ。


 その瞬間、黄色い悲鳴と止まないシャッター音が廊下にこだました。


「はぁ、たまらん。オッケーです」


 一仕事終えた天野を、山里と小倉が取り囲んでいる。3人ぎゅうぎゅう詰めでスマホを覗き込んでいたが、意を決したように天野が人差し指をスマホに突き立てた。


「投稿完了! 人が殺到すること間違いなし!」


 そう言って、向けられた画面に目をやると、カルタ部公式のSNSにさきほどの写真が載せられている。袴姿の都築の写真だ。


「「拡散! 拡散!」」


 小倉と山里も自身のスマホを取り出しポチポチしている。その間、都築は「拡散と退散は響きが似ている」なんてしょうもないことを考えていた。


(「少しは効果があるといいけど…」)


 高麗納戸の袴に身を包んだ都築は持たされたプラカードを見下ろし、苦笑した。今日は宇喜多高校の文化祭。部活動単位での展示が行われるとあって、部員勧誘の絶好のチャンスと朝から一年生ズが鼻息荒くしていた。


 そうして、編み出された秘策が都築客寄せパンダ計画である。これで人が集まってきたらなんだか気恥ずかしい。かと言って、集まらなかったら集まらなかったでお恥ずかしい。都築にとってはどちらに転んでも辱めであることに違いない。


 1人分、ペタペタとスリッパが階段を上がってくる音がした。つられて顔を上げると、そこには若槻暁が佇んでいた。都築を見つめ、呆けている。


「あ、暁くん。ほれほれ、かぐや先生の写真みせちゃる」


 天野が気が付き、駆け寄った。立ち尽くす暁の目の前にスマホを押し付けている。暁はようやく我に返ったように瞬いた。


「それ、オレにも送っといて」


 本人がここにいるのだから、自分で撮れば良いだろう。なんならツーショットでも構わない。都築はそう思ったが、声には出さないでおいた。少しでも好意があると誤解されては困る。まぁでも、向こうからどうしてもと頼まれたら、それはまぁ、断りはしないのだが。


「かぐやちゃん」

(「ほら、来た」)


 都築は袴の僅かな着崩れを直しながら、駆け寄ってくる暁に相対した。


「ちょっと見せたい物があるんだ。ついて来て」


 そう言って、渡り廊下を指差す暁。


「ちょっと待ったぁ」


 そう言って、二人の行く手を阻んだのは小倉。すかさず山里が、暁の首に「カルタ部展示 和室にて」と書かれた看板をぶら下げた。


「暁先輩は校内回ってお客さんの呼び込み。かぐや先生はここで接待してください」


 それが彼女たちの考え出したカルタ部員確保計画の全容だ。暁は唸りながら手を合わせ、頭を下げた。


「ごめん! ちょっとだけ。ちょっとだけかぐやちゃん貸して。すぐに返すから」


 人を物みたいに言わないで欲しい。

 さほどそう思うでもなく思いながら、成り行きを見守っていると、1年生ズが円陣を組み、なにやらミニ会議を開き始めた。


「かぐや先生いないとお客さん来ないよね」

「でも、さっき拡散したから」

「それで来たら、先生いないんでしょ? 詐欺じゃん」

「…部長がいるから」

「詐欺じゃん」

「失礼じゃん」

「振ったじゃん!」

「まぁまぁ…でも、かぐや先生か暁先輩か、どっちかにはここにいて欲しいところ…」

「うん。戦力は二分したいよね」

「でもさ…2人揃ってると攻撃力すごいよ」


 3人の視線が都築と暁へ無遠慮に注がれる。そんなに見られると居心地悪い。気を紛らわそうと暁に近寄り、小声で話しかけた。


「何を見せたいんだ?」

「まぁ、ちょっと」


 振り返りもせず淡々とした声に、都築は少し裏切られた。てっきりいつもの笑顔が返ってくるものだとばかり思っていたし、てっきり袴姿に何か言ってくるものだと思っていた。かっこいいだとか――綺麗だとか。


「そうか」


 できるだけ平静を装ったつもりだ。負けじと素っ気なく返事する。その時点で平静を装えていないことには気づかなかった。気がつけば、一年生ズの会議は閉会していた。議長の天野がにんまり笑顔を添えて振り向く。


「じゃあ、しばらく二人で勧誘してきてください」

「「ごゆっくり〜」」

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