第弐話

 ◆


「今度は何」


 かぐやは男を睨んだ。


 ある日突然、目の前に現れたこの男。あの日以来、男はかぐやの気に入りそうな手土産を持って、たびたびかぐやの元を訪ねていた。


 光り輝く椀だとか、火に焚べても燃えない皮だとか、五色に輝く玉だとか、変わったものをいろいろだ。


 男は決まってかぐやが一人のときに現れる。この屋敷の厳重なセキュリティをどうやって掻い潜っているのかは、さっぱり見当がつかない。


 しかし、かぐやは男の正体にだんだんと気が付き始めていた。最近、家内では物騒な言葉が飛び交っている。弓だとか、敵だとか、戦いだとか、きな臭い言葉がいろいろだ。


 男の腕の中で小さく上下する金色の物体を見つめながら、かぐやは再び男に問いただした。


「今度は何を持ってきたの?」

「…さっき道で拾った。でも、どうしたら良いか分からなくて、ここに連れてきた…」


 男は珍しく弱気だった。腕の中の小さな命の危うさに怯えているようにも、土産どころか迷惑を押し付けてかぐやの機嫌を損ねるのじゃないかと怯えているようにも、どちらにも見えた。


 かぐやは盛大にため息をつく。


「貸しなさい!」


 男はかぐやから金色の物体を遠ざけた。


「服が汚れる。それに、見せられるようなものでは…」


 男の服には赤や茶色の染みが付いている。金色の物体から溢れ出た種々の穢れである。


「そんなこと気にしてる場合じゃないでしょう!」


 こういう時、女のほうが思いきりがいいのかもしれない。かぐやは男から金色の物体を奪い取った。そして、目の当たりにした傷の状態に、顔をしかめた。放っておけば、確実に死んでしまうだろう。助かる可能性は限りなく低い。普通ならば。


「あなたはもう帰って」

「しかし」


 抵抗する男にかぐやは首をふる。男には帰ってもらわなければならない。そのはずだ。


「医者を呼ぶ。大丈夫。腕はたしかよ」

「…すまない。頼む」


 男は忠告どおりその場から消えた。それが答えなのだろう。男は本来ここにいてはならない人物。ここにいることを知られてはならない人物。


 かぐやは考えるのを止め、大きな声で叫んだ。


「誰か、医者を!」


 ◆


 金色は無事に命を繋ぎ止めた。人懐こく、優しい性格で、人に抱っこされるのが大好きだった。だから、たちまち屋敷のアイドルになった。


 金色は誰にでも懐いたが、特に男のことを気に入っているようだった。命の恩人だと分かっているのだろう。男が現れると、決まって飛びかかり、顔をベロベロ舐め回して、喜びを表現していた。


 この頃が一番平和だった。

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