第10話 おつかれちゃん
結論から言うと、宇喜多高校カルタ部の全国大会への夢は、今年も叶わなかった。
結果は予選リーグ1勝2敗。決勝トーナメントにも出場ならず。しかし、鹿音は3戦3勝、どれも快勝。さすがは部長の貫禄であった。
◇◇◇
「みなさん、飲み物は揃いましたか? それでは、いきますよー? せーの、カンパーイ!」
「「カンパーイ!!」」
新部長、古松の掛け声に、他のカルタ部員たちが一斉にグラスを持ち上げた。プラスチックのぶつかる音とともに、カラフルな液体がそれぞれのコップの中でポップに揺れる。「大会お疲れ様&鹿音先輩ありがとう会」の始まりである。
すっかり見慣れた「月見荘」の和室には長机が広げられ、その上には、月見荘自慢の季節のフルコースが並んでいる。親御さんのカンパ様々である。
「「「美味しい〜」」」
三人並んで天然鮎の塩焼きを丸かじりする一年生ズのとろけ声に、食事を運んできた女将が嬉しそうに笑って退室した。その姿を暁が微笑んで見送っている。一連の流れを見ていた
この場を回しているのは、親戚たちの集まりで宴会慣れしている古松だ。
「今日の県予選の結果は残念でしたが、我らが鹿音先輩は3戦3勝。しかも一人はA級選手! さすがです。はい、拍手」
歓声と拍手が沸き起こる。鹿音はというと他人事のようにメロンソーダを飲んでいた。メ、メロンソーダ? 意外だ。
「鹿音先輩」
天野の声に、鹿音が振り向いた。
「
高総文とは毎年夏に行われる文化部のインターハイのようなものだ。学校ごとではなく、都道府県ごとに代表者が選ばれる。鹿音はその代表者の一人だった。
「うん。続ける」
「じゃあ、まだ一緒にかるたできるってことですね。やった!」
小倉と山里が小さくハイタッチしている。みんな鹿音のことが好きなのだ。鹿音が少しだけ微笑んだ気がした。
「他のメンバーとの合同練習も増えるから、たまにしか来られない。あとは古松新部長に託します。期待してるから」
ね、と鹿音が古松を振り返る。目が合った瞬間、古松の耳が燃えるように赤くなった。都築はくすりと笑った。若いっていいなぁ、なんて思いながら。
そうやって、都築が青春の波動に感じ入っていると、古松が急にコップを手に取り、一気に烏龍茶を飲み干した。一年生ズがきゃいきゃいと騒ぎ出す。おっ、やるのか? 都築は察した。暁だけが、今から何が起きるのかときょろきょろ周りを見回している。
「鹿音先輩」
古松が顔を真っ赤にして言った。
「先輩のことがずっと好きでした」
その瞬間、都築と暁が同時に「おー」っと声をあげた。一年生ズは三人仲良く手を繋ぎ、身悶えている。みんなの視線が鹿音に注がれた。彼女は変わらず無表情だ。古松が勢いよく畳におでこを擦り付けた。
「僕と付き合ってください!」
「ごめんなさい。私、自分よりかるたが強い人じゃないと嫌なの」
即答だった。その上で、鹿音はふっと微笑んだ。都築がこれまで見てきた中で、一番優しい笑顔だったかもしれない。
「でも、ありがとう。好きになってもらえて嬉しい」
「くぅ〜っ、僕、強くなります…っ!」
そう言って、古松はヤケ烏龍茶をキメこんだ。お酒が飲めるようになったら先が危ぶまれる。ふと天野が何かに気づいたように都築の方を見た。
「てことは、今、鹿音先輩と付き合えるのはかぐや先生だけってこと?」
その瞬間、みんなの視線が一斉に都築に集まった。都築は飲んでいた緑茶を吐き出しかけた。女子高生の発想はぶっ飛んでいる。なんて恐ろしい生き物だ。先生ともあろうものが生徒に手を出すわけないだろう。徹底的に否定しようと口を開きかけた、その時だった―
「かぐやちゃんはオレのだ」
それまで都築に向けられてい視線が、一斉にこの言葉を発した人物の方へと移った。どうやら無意識だったらしい。暁は手にコップを持ったまま固まっていた。やがて、首から頬から耳まで赤くなると、ぎこちなく顔をあげた。そして、潤んだ鋭い視線でみんなに睨みをきかせると、やけくそ気味に叫んだ。
「そうだよ! オレ、かぐやちゃんが好きなの! だから、誰にも渡さない!!」
鹿音が何かに気づいたように都築の方を振り返った。
「先生、お茶こぼれてます」
都築はコップを落としていた。水滴が机をつたい、冷たく内腿を濡らしている。我に返り手近の布を慌てて掴むと、古松が大きな悲鳴をあげた。
「先生、それ僕の上着!」
一年生ズは揃いも揃って両手で頬を挟み、きらきらとした瞳で都築と暁を交互に見ている。おまえら三つ子か。
暁は顔を真っ赤にしたまま俯いていた。
都築は最後どうやってこの会がお開きになったのかあんまり覚えていない。気がついたときには、きちんとシャワーも浴びて、自宅のベッドの中だった。
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