第4話 家庭訪問
「はっ!」
都築は衝動的に目を覚ました。気がつけば籐製の長椅子に仰向けに寝かされている。さっきまで温泉に浸かっていたはずだ。それなのに、ここは恐らく更衣室である。突然現れた
扇風機の首が回る音とともに、そよ風が顔をなぞった。
(「気を失ったのか」)
体を起こし息を吐く。腰元にタオルが掛けられていた。倒れてからどれほどの時間が経ったのだろう。時計を見ようと顔を上げると、地蔵のようなご老人が対面の長椅子に座り、こちらを見つめていたので、都築は小さく悲鳴をあげた。
それは打たせ湯にいた老人だった。驚いたまま固まった都築のことなど気にも留めず、出口に向かって声を掛ける。しばらくすると足音がして、すぐに人影が現れた。
「かぐやちゃん、気がついた? 良かった〜。のぼせちゃった?」
「若槻! そうだよ、なんでお前が?!」
都築はタオルが落ちるのも気にせず立ち上がる。口調を取り繕う余裕も無かった。元はと言えば、いるはずもない若槻が目の前に現れたのが事の発端だ。指を差された若槻はきょとんとしていた。
「なんでって…ここ
「へ?」
「だから、『月見荘』はオレんちだから。お袋がここやってんの。オレも手伝ってるし」
「はぁ? 俺の家ここから近いんだけど」
「そうなんだ! じゃあ、これからも通ってよ」
「いや、俺の家ここからすごく近いんだけど」
「じゃあ、すごく通ってよ」
「いやいや、こんな偶然あるか?」
「あるからこうなってんじゃない? あ、お袋! かぐやちゃん気がついた」
そう言って若槻は奥に向かって手招きした。呼ばれてやってきたのは若竹色の着物を品良く着こなす一人の女性。人好きのする自然な微笑が隣の少年とよく似ている。
「あら、かぐや先生、初めまして。ここの女将の若槻でございます。
高校生の子どもがいるとは思えない美貌の女将は、いつもお客一人一人にそうするように深々と頭を下げた。つられて都築も頭を下げる。
「宇喜多高校で2年3組の担任をしております
都築はそこまで言ってはたと気づいた。頭を下げ、自分の脚を視界に入れると、やけに肌色率が多い。そのまま視線を上にやる。足首、脛、膝、太もも、そして―
都築は悲しい現実と直面した。床に打ち捨てられた白いタオルが視界の端に虚しく映った。
「見慣れてますから大丈夫ですよ」
女将は変わらぬ笑顔を都築に向けていた。扇風機が気まずそうに首を振りながら、からからと乾いた音を立てる。都築の生まれて初めての家庭訪問は全裸で終わった。
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