2日目早朝

無人駅に降り立つと潮の香りが僕を包んだ。少しばかり涼しいのはもう少しで日を跨ぐ太陽の位置、即ち時間の所為だろう。


駅の表示板には津潮町と書かれている。人の気配は、無い。日を跨ぎどこか泊まれるところもないだろうと、僕は深夜の海町を散策することに決めた。


今日は充分に歩いた。いつもの僕ならばもう動くことは出来ない筈なのだが不思議と潮風に脚を取られてタップダンスをするようにふらりふらりと駅を出ることになった。


僕は自然に身を任せた。全くの偶然か、神の示しかはわからない。しかしいつもと変わらないスピード、いや。いつもよりかは少しばかり速いだろうか?


僕は自分の置かれている状況に驚きつつも楽しみながら風と踊った。無我夢中で歩みを進める。脚の感覚はいつの間にか消えていた。


ふと前を見る。動きが緩やかになり、そして止まる。潮風が少しずつ僕を手放す。


ここまでエスコートしてくれた風に感謝しつつ僕は辺りを見渡す。


此処はどうやら小高い山上にあるベンチの様だ。上には暗闇に咲く数多もの星。下には月明かりに照らされた広大な海。この町に居る自然は少なくとも僕を歓迎歓迎してくれているのかも知れない。そんな風に思えて仕方なかった。


この夜は明けてしまうのが惜しい。


数刻ほど僕はベンチに腰掛けていた。潮風の教えてくれた絶景をこの眼に焼き付けていたかったからだ。


そろそろあともう少しで日が登ろうと言う時間。銭湯にでも行くかな、と身体をゆっくりと立ち上げ用とするとと形容し難い不快感に襲われた。


一体何なのだろうか。この前頭葉を揺さぶる様な感覚は、視界が暗転し三半規管の機能が低下する。平衡感覚が崩れて、まるで眩暈がしたかの様に僕の身体は地に放り投げられた。


やれやれ、昨日の疲れが、綺麗な景色の代償か。よく考えてみれば今で家に引きこもっていた人間にそう簡単に自然が微笑む訳がない。


世の中はギブアンドテイクで出来ているんだった。


ベンチに横たわることしか今は出来ない僕に声をかける人がいた。


「あの、大丈夫?」

返事をするのも億劫で、僕は声の主の顔も見ないまま縦に首を振った。失礼に値する行為なのは勿論知っていたのだが僕にとって今、取れる最大のアクションがこれだった。


「そう。ならいいわ」

そう声が発せられた方向に振り向いたその瞬間。僕の身体はふわっ。そう宙に浮くことになった。



「み...はる...?」

そうだ。そうだ。この声、どこか既視感があると思ったんだ。どうして気づくことができなかったのだろうか。


僕はどこか遠い知らない町で幼馴染。そして初恋の相手に再会することになったのだ。


「如何して、私の名前を?」


彼女は僕のことを覚えてはいないらしいのだが。

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