ep.3-3 それなら安心だね、義妹としては

「わたし、チョリスと、ポップコーンと……あ、ポップコーンはキャラメルとソルトを半々のやつね! 飲み物はコーラでいいかな! 上演までにパンフレットとかいろいろ買いたいから、あとよろしく!!」


 最寄りにある大型のショッピングモールのなかに入っている映画館。どうやらナナはアニメ映画が好きらしいので、ちょうど上映中のもののなかからナナの好みにあわせてチケットを購入した。

 劇場内のフードコーナーのまえ、ナナは早口で俺に注文を伝えると、小走りにパンフレットの販売所に駆けていった。

 その姿を見てか、目の前の女性の店員さんがふふ、と笑みを浮かべている。俺は店員さんに頭を下げながら、愛想笑いを返した。


「――ということで、すみません店員さん、チョリスとポップコーンのハーフ&ハーフを。飲み物はコーラをふたつで」


 店員へ注文を伝える。


「時間……大丈夫かな。てか、よく食うな。VRですらなんか口にいれてるもんな。あれ味しないだろうに」


 遠目に見えるナナが色々と物色しているのが見える。

 ちなみに上映時間まであと3分もない。


「お客様! たいへんお待たせしました。こちら商品になります――」

「どうも」

「うふふ。かわいらしいカノジョさんですね」

「ああ。カノジョってわけじゃ――」


 店員さんの気の利いた一言にドギマギしてしまう。

 今日はデートで、確かにナナは可愛いけど。カノジョではない。


「にいさん! お待たせ!!」

「あ……、さんだったんですね、良いお兄さんですね」


 ちょうどそのタイミングで戻った義妹であるナナに、店員さんがみずからの勘違いに気づいたのか、訂正して声をかける。


「ありがとうございます! ん、ほんとね、良い『にいさん』なんですよ。でも、わたしだけどの! なんです。だから――ね、そういうことで! じゃ、にいさん、いこいこ! 映画はじまっちゃうよ」


 そう言って荷物を受け取って両手が塞がったままの俺の腕にしがみつく。


「うお、急にしがみつくなよ、危ないだろ」

「ふふーん。あ、ポップコーンこぼれてるー、もーらい!」

 

 そう言って渡されたトレイの上に落ちたポップコーンをひょいとつまんで口にする。


 席ついてから食べなよなー、と言いながら俺はナナと上映スクリーンに向かう。


「うん、わかった。あ、でもいましょっぱいのだったから、甘いのも一つ……」


 そう言って歩きながら、さらにつまむ。

 心底嬉しそうにしている義妹を怒る気にはなれないのは、俺が”にいさん”だからだろうか。それとも――

 なんだか考えてしまった。


       ***


「すっっっっっごく良かったね!!」

「めちゃくちゃ溜めたな」

「いや、もう、だって。ねぇ! カッコ良かったし。シナリオ最高だったし!! なにあれ、エモすぎ……。オリジナル長編ものでこれは当たりでしたね……ね、にいさん」


 映画館に隣り合わせのコーヒーチェーンの席で、ナナはずっとテンションがあがりっぱなしだ。

 実際にナナもいうようにすごく良い映画だった。

 それを”エモい”というのは知らなかったが、切ない感じのラブストーリーだった。


 心に傷を負った少女と、同じく過去のトラウマに苦しみながらも大人になってしまった男性の恋愛。

 ナナがこういう恋愛ストーリーを好んで見るタイプだとは思わなかったが……いつも格ゲーばかりやってるし。年相応の女の子だし、何よりエタ・サンも恋愛シミュレーションなわけだから。

 もともと興味があったのかもしれない。


「シナリオって有名なライターさんなんだよね。全然表に出てこない人で……たしか『あのん』って人だったはず。でもこの名前って多分匿名を指すアノニマスから来てるから……謎の人だよねぇ」

「ふーん、そんな有名な人だったんだな」

「知らない? まえに昔ヒットしたアニメで『ナツ』シリーズとかで結構有名なんだけど」

「ああ。それなら少しは、たしかに雰囲気似てるかもな」


 夏の空や海を描いた爽やかな青春もので、たしかあれも悲恋を描いたものだったはずだ。

 俺はそこまで興味がなかったが、夏来さんが好きだったアニメシリーズで、一緒にタブレット端末で見たことがある。


「あ、にいさんも『ナツ』シリーズはわかるんだね! 良かった、あれねーお姉ちゃんがすっごく好きなやつでさ。わたしも一緒によく見てたんだー」

「お姉ちゃん?」

「あ。うん、そう。実家のときのことだからだいぶ前のこと……だけどね」


 そう、歯切れの悪い感じに締めくくったナナは、ずずず、とアイスレモネードを飲み干す。

 ちなみに、テーブルの上にはすでにナナの食べ終えたケーキの皿がある。

 やっぱりよく食べる。


「そっか、まぁ。そんな有名なシナリオの人が手掛けてたんだな。どことなく、エタ・サンの世界感にも近かったから。結構共感して見てたわ」

「あ。だよねだよね。ふーん……にいさん、共感したってことは、そろそろどっちかと恋愛する気になったのかな~~~?」

「……恋愛は、しようと思ってるよ。そろそろな、本気で考えてる」


 俺はそう覚悟を口にした。

 自分から聞いたことなのに、それを聞いたナナが心底驚いた表情をしてる。

 ただでさえ大きなグレーの瞳がさらに丸くなってる。


「そっか、それなら安心だね、義妹としては」


 少し間を開けてから、そうナナは穏やかな口調で呟いた。


「さーてと。それじゃ、近い将来、にいさんが本命デートで失敗しないように、引き続きお相手を務めますかね。あ、ここは、わたしが払うよ。映画もポップコーンも出してもらったしさ」

「だーめ。こういうときくらい男気見せさせてくれよ、な?」

「意地っ張り」

「うっせぇ」


 そう言ってナナの手から伝票を奪う。


(近い将来なんて前に、俺はいまこのデートを失敗したくないんだよ)


 ケーキセットと、コーヒー一杯分の会計をしながらそんなことを考えていた。

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