【第3話】終わらない夏で、ずっと待ってる
ep.3-1 終わらない夏の世界で、ずっと。
――てっとり早く、里桜とのLv②クリアしてきてください
そう俺に発破をかけたのはいつものようにナナ、ではなく音子ちゃんだった。
しかも食堂で、こっそり耳打ちするようにして。
結果、俺は再び里桜とのデートイベントを行っている。
「――綺麗だな」
「ふふ、そうですね。ほんと、きれい」
大輪の華が夜空を覆っていた。
ヴァーチャルリアリティとはいえ、いや、VRだからこその圧巻な情景だった。
デートコースに選んだのは、花火大会。
まるで真上に打ちあがっているような無数の花火の煌めき。
黄色は赤に、青は紫に。
うつろいながら空を彩っていく。
「まえはさ、線香花火やったよな。たしか同じLv②のときさ」
「うんうん、やったよね。なーんかそう考えるとほんとに二巡目って感じですね、でも花火は私はじめてです。ヒロは音子ちゃんと来たことって、ある?」
「いや、ないな」
「そっかそっか、んー、……他の子とも? たとえば……七海とか」
里桜の声が花火の音にかき消されてよく聞こえない。
「ごめん、ちょっとうまく聞き取れなくてさ」
「あー、そっか、これはNGなんだね……。いいのいいの。あ、そだ。ヒロ、ちょっとだけ耳貸して」
そう言うと里桜は俺の腕にしがみつくように近づいて、すこし背伸びをしながら、俺の右耳へ唇を近づける。
かたん、かたんと、彼女の下駄の音がした。
「あの――帰ったら、連絡しますね」
帰ったら、というのはおそらくデートが終わったらってことだろうけど……。
そんなことを、こそっと言う必要も……。
(まぁ、なんか理由があるんだろな)
それにしても……やっぱり可愛いよな。
正統派ヒロイン風とカテゴライズされているだけあって、とくに整った造形。すっと通った鼻筋。
そのつぶらな瞳には花火の煌めきが映り込んでいた。
いつもと違い浴衣姿の出で立ち。
等間隔に描かれた雪の結晶を思わせる花模様。雪花絞りという柄らしい。
「どう、ですか? 私、似合ってますか?」
そう、デート開始早々しきりに聞いてきていたが、もちろん似合ってて――
長い黒髪をあげているものだから、うなじのラインが正直気になる。
ぼぅっと眺めていたら、彼女が服の裾を掴んできた。
「ん……?」
「――あんまり見られると、恥ずかしいです」」
「ごめん、さく、じゃない……里桜」
クラスメートでもある彼女らしい口ぶりとその仕草に、思わずリアルの名前を呼びそうになる。
「それは、め! ですよ? とか言っても、私もこのまえやらかしちゃいましたけどね~」
浴衣の袖で口元を隠して、くすくすと笑う。
その奥ゆかしさの中にある明るさは、ステータスがリセットされるまえにも何度も感じた彼女の魅力だ。
最初はなかなか会話が続かなかったりして、俺が一方的に話し続けたりもした。
デートの結果が振るわず、リザルト画面でFailの文字を何度みたかもわからない。
それでも、彼女は……里桜は俺の誘いを断ることはなかった。
――健気なんだよな、すごく。
一番、DMのやりとりをしてるのも里桜だしなぁ。
「あー、でも。私、Lv③のときいっぱい言っとけよかったかなー、というか……しとけばよかったなぁ」
「ん?」
「このまえ、音子ちゃんとキスしてたでしょ」
「……あー、映像なくてもわかるものか?」
「わかっちゃうもんですよー。あーあ。みんなすごいよねーすごいよほんと。でも……私つぎこそは、めちゃくちゃ積極的な女の子になりますからね」
拗ねた感じで、冗談交じりで。
そのなかに確かな本気を感じさせる言葉を紡ぐ。
(嬉しいって……思ってもいいんだよな? そういうもんなんだよな……? このゲームって)
ふいに聞きたくなった。
誰にか、と聞かれれば、それは心のなかの自分なんていう、てきとーなもんじゃなくて。
家で待つ、義妹にほかならない。
佳境に入っているのだろう、花火の打ちあがる感覚が徐々に短くなって。
里桜を染め上げる火の粉はカラフルなものになっていく。
俺は、彼女のこと……。
――好き、なんだろうか。
「ふふ、無理しなくていいですからね。待ちますから。あ、これは諦めなんかじゃなくて、さっきの宣言通りなの。私も音子ちゃん同様、積極的に待つんです。ヒロが恋をできるその日まで」
「……里桜」
「あのね、恋心を仕舞い込むくらいの化粧箱を、女の子なら誰だって心に持ってるものなんです。だから待てます。この夏で――」
終わらない夏の世界で、ずっと。君のことを待ってます。
そう言って俺のことを見る彼女は、本当に優しいまなざしをしていた。
――イベントLv②をクリアしました。
リザルト:達成評価値 A
イベント:True
信頼度:30%⇒50%
***
――あれ、さっきデートのときに里桜がDMするって言ってたんだけどな
――んー、それってDMじゃなくて、ラインなんじゃない?
リビングでくつろぎながら、俺はタブレット端末で里桜からの連絡を待っていた。
もちろん隣には、義妹がいる。
すでに舐め終わったアイスの棒をそのまま口にくわえて、ゲームコントローラーを熱心に握っている。
どうやら前にできないと言っていた技は、コンボをつなげられるくらいには使いこなせるようになったらしい。
小一時間ほどデートからは経つが一向に届かない連絡に、俺が一言呟いたところ、ナナからの返答がそれだった。
「ライン……ってことは、あー、一回ログアウトするわ」
「ん、てか時間も時間だし今日はお開きにします? 連日寝落ちってのもあれでしょ」
「そうだな。じゃあまた明日な」
「……あ、にいさんにいさん」
「なんだ?」
「いつか、わたしも一緒に花火行きたいなー。なんて」
といっても……ナナはここから自由に出られるわけでもないしなぁ……。
(ってことは、リアルのことか)
「おう、夏が来たら、必ずな」
「やった! 約束っ約束っ!」
そのちいさな小指を差し出した義妹に、俺は同じく小指を重ね合わせる。
満面の笑みを見せた彼女は、じゃあね。おやすみ。と告げてから、ふっと消えた。
同じくログアウトをした俺は、全身に取り付けたVR機器を剥がし、それをベッドの上に投げる。
ナナの予想のとおり、里桜からラインが届いていた。
『音子ちゃんとちょーっと計画たててることがあるんだけど、協力してくれますか』
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