ep.2-4 デート中にほかの子のことですか? 仕方のない人ですね
さて、どうしたものかな。
寧々子さん……あ、今までと変わらずに呼んでほしいと言ってたから音子ちゃんか。
それと桜さん。
いや、彼女も里桜と呼ぶほうがいいかもしれない。
(……眼鏡はずした姿、すごく可愛かったな)
VRの恋愛シミュレーションゲームとしてかかわってきたキャラクター。
その恋愛対象の中で特に深くかかわりをもった二人が、ともにクラスメートだったなんてさ。
「なーに、物思いにふけっちゃってるんっすか? 先輩」
「あ、ごめん。ちょっといろいろありすぎてさ」
「デート中にほかの子のことですか? 仕方のない人ですね」
くすり、と笑うその表情から怒っているような様子はない。
思えば彼女はこれまでもずっと、そうで。
怒った表情を見たことがない。
(あの『海猫』の話題で、強制終了させた日くらいか)
水族館を模したイベントステージ。
VR映像だとホンモノにしか見えないのだけど、アクアリウムへ差し込む日差し、色とりどりの魚達。色合いの鮮やかさは実物以上かもしれない。
そのアクアリウムのガラスへとうっすらと映り込むアバター姿の俺と、その背中が映り込んだ音子ちゃん。
こうやって客観的にみればお似合いにも見える。
実際、何度も音子ちゃんとはデートをしてきたし、たくさん話もした。
「まさか、なことが多かったから正直驚いててさ」
「私が教室にいるなんて思わなかったでしょー?」
「思うわけないって普通」
「キャラと比べて、魅力なかったですかー? って、あ。警告文出てきた。危ない危ない。あ、隣座りますね」
そう言って苦笑いを浮かべた音子ちゃんは、俺の座るベンチの隣に腰をかける。
「で……、どうでした?」
耳元にその唇を近づけて、そっと呟く。
そのこそこそ話は、おそらく運営にとっては意味のないものなのだろうけど。
俺的には……すごくどきどきさせられる。
「どっちも、俺にとっては可愛いなとは――、思うけど。って、なんかクラスメートにこれを言うのは恥ずかしいぞ普通に」
その瞬間、俺のインターフェース上にも赤い文字で警告文が表示される。
――『現実世界の情報開示には気を付けてください。(規約を確認するにはこちらリンクから)』
まぁ、わざわざリンクを辿ってまで確認するつもりはないけどさ。
「その顔から察するに先輩も怒られちゃいましたね。でも、嬉しいっす。いまはそれでじゅーぶんっていいますか、けっこーそれくらいでも満足しちゃうものなんっすね」
キャラクターだからか、すごくわかりやすく顔を赤らめた彼女は、手でパタパタと顔を仰ぎながらそう口にする。
「今日は、デートしてくれて嬉しかったっす。もう私の先輩への信頼度は100%で攻略上必要のないものだってことは、わかってましたし。断られるかもしれないって思ってましたけど。ゲーム云々は抜きにして、会いたかったっすから」
隣にいる。
でも、隣にはいない。
近くに感じる。
だけど、近くにはいない。
VRの距離感はその行ったり来たりだけど。
たしかに教室の中で一年間クラスメートをやってきた彼女はいま、隣にいて。
その距離感は明らかにリアルを凌駕している。
「俺さ、音子ちゃんのこと。いや音子ちゃんだけじゃないな。エタ・サンのことオンライン上のゲームだと思ってなかったんだ。だから、振り回してしまったかもしれない。ひどい男だったかもしれない」
警告文が再度表示される。
(……ん?)
表示されたはずの警告文が取り消された。まるでAIが意思をもって、そうしたようにも思えた。
「いまさらですかー? わかってますよそんなこと、差し引きしても先輩は、……あなたは素敵な人ですよー?」
水面のきらめきが、彼女の顔にゆうらりとした影を揺らめかせる。
光と影が生み出す翳りのなかで、にひひ。と笑う
「私、先輩が好きです。何度もなんども言ったけど、その気持ちは変わりませんから。だから、いつか。先輩がほんとに私を好きだと思ってくれたときに、最後のイベントに誘ってください。それまでは待つっすよ」
そう言った彼女は、俺の頬にそっと口づけをした。
イベントLv③、信頼度80%Overの特権。
その最大のアドバンテージは、対象への恋愛感情を伝えられることと、キスアクションの解禁。
――キスのひとつで、動かされる感情もあるのだと……
俺は、あらためて思い知らされたのかもしれない。
「ずる、しちゃいました! でも、いいですよね? 私、先輩の第一候補なんですからっ。って言っても暫定一位ですけどね。だからまずは、ライバルが上がってくるのも待ちます。そして決闘の末に先輩をものにするのです!」
ライバル……。ああ、里桜のことか。
そう思いつつ、俺の脳裏に浮かんだのはいまもリビングで俺を待つ義妹だった。
「ほーら、また、デート中にほかの子のことかんがえてる~」
「ごめ――」
「なーんて、冗談ですよ。いまのはわたしの誘導尋問ですから。先輩のなかにいるあの人のことなんて、いつか私が忘れさせちゃうんだから。だから、ねえ先輩」
「……ん?」
少しだけトーンを落とした音子ちゃんの声。
インターフェース上、イベントの時間はタイムリミットを迎える手前だった。
「私はネコ。この青く澄んだ海で鳴いてる一匹の海猫なんです! 私のこと、飼ってくれてもいいんですよ? 先輩。……なーんてね!」
以前、間違えを指摘したその言葉をもう一度口にしたのは、もしかすると彼女にとってあの途中で追えてしまったデートを気にしてのことかもしれない。
そう思ったけど、聞き返すだけの時間は残っていなかった。
――イベントLv③をクリアしました。
リザルト:達成評価値 A+
イベント:True
信頼度:100%⇒100%
その結果の画面が、残るだけだった。
***
「ただいま、ナナ」
「あ……おかえりなさい、にいさん。頑張ったみたいだね」
「お、おう。まぁもうMAXスコアの対象だったけどな」
VRの自室、いつものように帰宅した俺を待つのは義妹だった。
「今日はゲームやってないんだな」
ラグの上で三角座りをしながら、待っていたナナはどこか寂し気な感じがした。
「あー、うん。ちょっと疲れてるみたいでさ」
疲れ? 疲れか。
たしかに連日色々あって俺も疲れを感じていたが、それは転校生であるナナにとってはそれ以上の疲労感だったのかもしれない。
「あんまり無理しないで、今日ははやめにログアウトして休んだらどうだ?」
「んー、んー……んー」
「どうした?」
「……なんも、ないけど。にいさんと一緒にいたいから、今日はここで寝落ちする」
そう言って俺はナナの隣に、腰をかけた。
「そっか、じゃあ俺も付き合うよ」
「……さんきゅ。にいさん、そういうところ優しくて、す――、やっぱ、なんもない」
ことん、とその頭を俺の肩へと落とす義妹。
――キスのひとつで、動かされる感情もある
ナナはどうなんだろうか。
二度のキスは、彼女にとってどういう意味があったんだろうか。
「なあ、ナナ……って、もう、寝てるか」
静かに寝息をたてはじめたナナの頭を撫でる。
その愛しい顔、その額にむけて唇を合わせようとしたが、それは叶わなかった。
――『警告:イベントLvが不足しています』
ただ、その表示が画面いっぱいに広がるだけだった。
(……前と、警告文が変わってる? まえはたしか……ヘルプ・アソシエイトへのキスアクションは未実装って……)
それが運営の気まぐれなのか、なにか特別な仕様変更なのか。
考えるよりまえに俺も彼女の隣で、眠ってしまっていた。
(【第2話】海猫はネコ科じゃない・完)
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