ep.1-3 じゃあ夏で会いましょうね、にいさん

――今日良かったら、いつもの場所で、お話しませんか? 里桜より


 放課後、帰り道が同じという理由からナナとともに歩いている中、スマホに通知が入った。


「ん? エタ・サンのスマホアプリからの通知なのー?」

「ああ。そうみたいだ、里桜さんからだった」

「なんてなんてー? 昨日のステリセットの件じゃないの?」


 興味津々に覗き込む義妹。

 好きな人の隣で、他の女の子からの連絡を見るのはちょっと気まずかったりするんだが。


「今日、会えないかだってさ」

「良かったじゃん。嫌われてなくってさ」

「まー、そうだけど。さすがに気まずいなーって、俺のミスでイチからってのも」


 実際そう思う、相手がキャラクターと思っていたときはただのゲーム感覚だったけど。

 相手がいる話になると……やっぱり悪い気がしてくる。

 それに俺の知る彼女はホントにやさしくて、気配りのできる。ほんとうに良い子だから。傷つけたくないって思いもある。


「好き、じゃないの? 彼女のこと」

「好きとか……そういうの、思ったこと……ゲーム攻略のつもりだったし」

「ふーん、でもデートして、帰ってきたときの、にいさんの顔、まんざらでもない感じだったけどなー」

 

 そうなのか? 俺は……そんなに緩んだ顔をしていたか?


「それ、まじ?」

「うん、大まじ。にいさん、けっこー顔に出てる。わたしのことやらしー目で見てるのもわかってるし」

「それは誇張しすぎだろ」

「ほんとー? これでも?」


 そう言ってナナは胸を強調するように腕を支えにバストアップさせて見せつけてくる。……大きい。VRよりも明らかに。

 露出こそエタ・サンほどではないが……むしろこれから夏になるのが楽しみだったり、ちょっと心配だったりしてくる。


「ほら、そういう顔してる」

「……ッ! そんなことされたら、誰だって!」

「ま、それはじょーだんですけど。あ。ちょっと鞄持ってて」


 そういうと俺に鞄を預けて、ナナは飄々とした態度でひらりと前を歩く。

 そこには時々俺も使う自動販売機と、いまでは入ることもなくなった昔ながらの駄菓子屋があった。


「わー、開いてんじゃーん。じつは、この前見つけたとき気になっててさー。おばちゃーん、これ、ありますかー?」


 駄菓子屋の狭い扉を開けて、出てきたナナが手にしていたのは、2本のラムネ瓶だった。手にぽたぽたと水滴を滴らせているところを見ると、開けたときに零したのだと思う。


「ほら! ラムネ! なつかしくない? 飲もーよ。にいさん」

「……お、おう。まだ春だぞ」

「でも売ってるってことは、きっとみんな買ってるんだよー。それに、エタ・サンだとずっと夏だし? 心に夏はあるんだよ。ってことで。はい!」


 そのびしょびしょの瓶を手渡すナナは、とびっきりの笑顔だった。

 だからつられて笑顔になるってもんで。


「はい、乾杯」


 受け取ったん瓶と瓶を重ねる。からり、からりと鳴り響くふたつのラムネ玉の音。

 春の夕日に透けたそれは橙色に輝いていた。


「ねえ、にいさん」

「ん?」

「わたし、にいさんの恋、応援してるよ。きっと里桜ちゃんとはうまくやれるって思ってるし。今日、会いに行きなよ」


 そう言うと瓶をぐっと上に傾けて、ラムネを呑む。

 が……あまり減ってない。


「ありゃ。いつもなんだけどラムネ玉が詰まってでてこなくなっちゃうんだよね」

「そんなに傾けたら、そりゃそうなるだろ。ビー玉が蓋だったんだから。ここのくぼみにひっかけて、栓にならないようにだな――」


 大事なことを言われた気がする。

 そして、大事なことを言いそびれた気がする。


「……おー。飲みやすい」


――気軽に人に好きとか言っちゃいけないし、言われちゃいけない。


 初恋の想い出がちらついて、ラムネのしゅわしゅわとした炭酸の苦みが口いっぱいに広がる。


「ナナの言うように、今日里桜さんと今日話してくるよ」

「ほんとー? だと、嬉しいな。わたしちゃんと取説読みながら待ってるから」

「あの格ゲーは良いのか? てか、おもろいのかあれ」

「意外と面白いよ。レトロ感すっごいけどね。てか、十字キーにある『Z』型のコマンド入力いまだにできないのが悔しいっていうか……てか、あのコントローラーでZって無理じゃないふつー?」


 家に着くまでの10分ほどの距離を、義妹といっしょに歩く。

 ただそれだけで充実していた気もするし。

 なんだか寂しい気もした。


「じゃあ、またあとでリビング集合ね、里桜ちゃんとの結果、聞かせてね」

「おう! あー。……あのさ」


 マンションの扉の前、互いに鍵穴に鍵を差し込みながら話をする。

 俺のほうはというと、それなりに背があるものだからなかなか差し込むことができず、中腰の状態で……それでもガチャガチャと音をたてるだけでうまく差さらない。


 寂しさの理由は、自分でもわかっているんだ。

(俺は、他のどんな子よりも、ナナが好きだったから)


「ん? どうしたの。にいさん」

「いや、別に……いまじゃなくてもいいんだけど。デートさ……これからうまくやれるか自信なくてさ」

「あー……ふーん……そういう。要するに、レクチャーしてほしいわけだ?」

「……そうだと言ったら?」

「いいよ、今度の日曜。どっかふたりで遊び行こっか。にいさんのレベルアップのために、義妹のわたしが人肌脱いであげましょう。あ、そうだ忘れてた」


 そう言うと、ナナはにっこりとほほ笑んで俺のところまで歩いてくる。

 距離にして3Mほどの隣の扉からの移動。とても楽しそうに、微笑んで近づくナナは夕日を背にしてとても綺麗だった。


 自宅のドアノブに手を置いた俺の手に、その白い滑らかな掌を添えて。

 重ね合わせたまま、彼女はそのまま背を屈める。


「そうそう、それくらい屈んでくれてるほうが、ちょうどいいよ」

「――ッ!」

「約束したから、ね? 今日はラムネ味だね。あ、お互いか。じゃあ夏で会いましょうね、にいさん」


 ちょっとだけ顔を赤らめていたように思えたのは、それも夕ぐれのせいかもしれない。


――二度目のキスは、甘くて、苦い味がした。

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