ep.1-4 レギュレーション……ぎりぎりじゃん、もう

(七海視点)


 十字キー側の手。つまり左手なんだけど。

 ここを抑える左の親指をぐっと内側に……つまり右にいれて。

 ねじ込むように反対がわの真ん中付近までずらして、そこからまた手前下、つまり右下に入れて。

 最後に右下からえぐりこむように真ん中へ!

 

 そして、Aのボタンを右手で押す!!


「やった……! 技出せた」


 初めて成功した技は見事に敵にガードされてしまったけど。

 満足いく結果だった。

 あとは、成功率……と。


「……ふぅ、そろそろかにゃ?」


 わたしは格ゲーの画面をリモコンで切り替える。

 チャンネルを切り替えるような要領だけど、映り込んだ画面には、大好きなふたり。


――にいさんと、里桜


 ふたりのデートがこれから始まる。


「……アソシエイトNo007よりコントロール権限をアクティベート。ストーリーテリングを開始するわ」


 VRゲームの世界だから、そう声をかけるだけでOK。

 リビングの映像は切り替わる。

 

 そして、わたし……河野七海は、アソシエイトとしてのお仕事につくのだ。



 イベント段階はLevel①

 本来であればお互いをそんなに知らない二人。

 でも、リセットからの二人だから見知った仲。

 要するに、別れてまた再会した元カノと元カレみたいな関係よね……。


『あ。あの。おひさしぶりです』

『こっちこそ! なんか、ごめんね、またイチからなんてさ……俺、DMでも書いたけどほんとリセットされるなんて知らなくてさ……』

『いえ。私も知らなかったので!』


(やっぱり……お互い堅いんだよなぁ~。まぁ、里桜は性格てきに? にいさんは……奥手だし)


 映像に映る二人を目で追う。

 取り付けたヘッドフォンからは、デート中の声が流れてくる。


『……』

『……』


 沈黙。

 時折、ずずずっといったストローでアイスティーを飲むような音だけが聞こえる。


(はぁ……。仕方ない)


 プリセットからBGMを選択する。

 エタ・サンに組み込まれた多種多様なBGMとSEの中から、出来るだけシチュエーションにあったものを探す。

 ……あった。


 ふたりの初デートのときのもの。

 

 そう聞いている。

 わたしがまだ、アソシエイトをする前のときのことだから。


――すっごくね、綺麗な音楽が流れてきて、私うまく喋れないかもって思ったけど。なんだか、心地よくなって。それで思ったより喋れちゃった。


 里桜が以前、わたしにそう言ってたのを覚えてる。

 そのときの音楽をいまも気に入ってときどき聞いてるんだって、そういってたのも知ってる。


 だから、かけてあげる。

 わたしが恋を加速させてあげる。


       ***


「あ。この曲……懐かしいですね、覚えてますか?」

「覚えてる、初デートのときのだな」


 正直会話に詰まって、どうすればいいかわからなくなっていた。

 きっと、そんなことナナに話したらまた怒られてしまうのだろうけど。


 目の前にいる里桜さんはホントに素敵で。

 もちろん好みの見た目のキャラクターをピックアップしているんだから見た目は当然なんだけど。

 穏やかな雰囲気に、配慮のある言葉づかい。

 

 あまり出会い系なんてしそうにないタイプだよなぁ。と思う。


「里桜さんはさ、なんでまた俺に会いたいと思ってくれたんだ」

「ふふ、突然ですね」

「あ。ごめん! そういうのあまりいうべきじゃなかったかな」

「ううん、ちょっとは私に興味もってくれてるんだなーって驚いちゃって」


 少しネガティブなところも、多分彼女の性格なんだろうと思う。 

 口に手を当てて、くすりと笑う。

 そんな里桜さんのことを俺は、この世界のなかで一番気になっていたし。


 それはゲームの中のことで、恋愛ゲームとしてではあるけど。


(どきどきしたっていうのは……事実だから)


「もたないわけない! 一緒に行った海のことも、ゲーセンで遊んだことも。全部俺にとっては……すごく楽しい思い出だしさ」


 身を乗り出して声を出した俺に、驚いた顔をする里桜さん。

 息遣いが伝わってくるような、静寂のなか、心地よいピアノの旋律が流れていく。


「私……私ね。嫌われちゃったかと思ってました」

「……ごめん」

「今日はいっぱい泣いちゃってたんですよ。だから今日、私、ちゃんと笑えてるか心配でした。ちゃんと私笑えてますか?」


 ああ、精一杯我慢させてたんだなって思う。

 泣きそうに笑う彼女のアバターは、美しくて。


 弱弱しくも強い声は、俺の心に響いた。

 それと同時に、記憶のなかの声と重なった。


――やってないですよ、一緒にやる友達も、いままでいませんでしたから


「あ……」


(そういえば……ナナが言ってた。『自動的にGPSで近くのプレイヤーから選ばれる』って)


 俺たちの住むこの町は、海青学園を中心とした学園都市で……。

 河野七海……ナナが転校前にいた女子高くらいしか近くに高校はなくて。


 だから、もし目のまえの彼女が設定どおりの女子高生なんだとすると――

 身近な誰かかもしれない。


――ナナがそうだったように。


「ふふ、ごめんね。答えづらいこと聞いちゃって。すこし、散歩でもしませんか?」

「あ……ああ」


 カフェを出て、海岸線まで歩く。

 グラフィック映像の海は、きっと現実のそれよりも美しくて。

 

 深夜の時間にかかわらず、太陽は真上にかがやいている。


「風、すごいですね!」

「そうだな。めっちゃ髪なびいてる」

「ですねー! 結んでくればよかったかな? でも、気持ちいいですね」


 風の効果音が強くて、少し声が途切れ途切れになる。

 それも少しすると調整が入ったようにクリアにかわった。


「あ。声聞こえるようになりましたね」

「だな、誰かが調整してくれてんのかな」

「AIとかじゃない?」


 ロマンティックのかけらもない会話だが、それでも里桜さんと会話が続くと安心する。彼女を悲しませたくない。もっと言えば楽しませたい。

 そう思う気持ちは、ホンモノだ。


「あのね。私いまはね。リセットされて良かったって思ってるの」

 

       ***

(七海視点)


 あ。やっば。風の音大きくしすぎてた。

 調整しないと……。

 ああ。間違えた。里桜の声ちっちゃ。

 てか、そもそも里桜がぼそぼそしゃべりすぎなのよ。もう。


――AIとかじゃない?


 令和のITを舐めるんじゃないわよ。


(――手動ですってば)


『あのね。私いまはね。リセットされて良かったって思ってるの』

『……それは、どういう意味で?』


(……里桜? なにを話すんだろ。個人的な感情に興味を持っちゃいけないのはわかるけど……でも……にいさんとの恋愛諦めるとか言わないでよね)


『……あの。ちょっと後ろ向いててくれるかな。顔見られると、恥ずかしいから」


 そう里桜が告げると、にいさんは後ろを向いた。

 わたしからは、ばっちしその顔は真正面に見えているけど。

 

 ああ、緊張してるな。

 てか不安そうにしてる顔。それにしてもアバターなんだからもうちょっとカッコいい風にすればいいのに。律儀にリアルに合わせてんだろなぁ。バカなにいさん。


(十分かっこいいけど……さ)

 

『……私、ずっと私らしさがわかんなくて、ただ少しでも嫌われないようにキャラつくろうと思ってたの。元気で明るい里桜をね、演じてた』

『……ああ」

『でも。ほんとの私はそんなに明るくもないし、強くもない。心配して、不安になって。毎日泣いてる。ほんとは、ヒロくんがほかの誰かとデートしてるってのも、嫌だなとか。寂しいなって思うこともあった――あったんだよ』


(里桜……)


 にいさんの服の袖を、そっと掴む里桜。

 その構図、そのポーズは……。食堂での彼女を思い出させるもので……。


「里桜、あんた。レギュレーション……ぎりぎりじゃん、もう」


 ああ、完全に気づいた顔してる。

 プレイヤーのリアルバレは厳禁なんだけどなー。でも、ま。いっか。


『……ねえ、上矢くん、私、上矢くんのことが……す』


 あ。やば。それはだめ!

 急いでわたしは、里桜の音量を下げた。


『え? いまなんて?』


 なんかにいさんが、鈍感系の主人公みたいになったけど、まーいっか。

 下手したら垢BANになっちゃうし。


(てか……にいさんの本名は完全に入っちゃったな、いま。あとで怒られるの、わたしなんだけど――)


 とりあえず、里桜のGUI(グラフィックインターフェース)に警告文を送る。

『イベントLVが不足しています!』と。


『あはは。ごめんね、イベントLv①じゃ、言っちゃいけなかったんだったよね! ごめんね、ヒロくん。いまのナシ! あのね、言いたかったのは、もう一度私と恋してほしいってこと!!』

『……里桜さん』

『さん付けもなし! 私も、ヒロって呼ぶ。だから、もう一度、イチからってことじゃ、だめかな?』

『……うん、里桜。俺ももう一度里桜とはじめてみたいと、思ってる』


 ふぅ……。

 なんとか、なったかな。


 なんとか……。

「あー、もぅ。ひやひやさせないでよ……」


――もう一度私と恋してほしいってこと!!


 なんとかうまく行ったというのに。

 もやもやする。


 なんでだろねー……。

 うまく技が出せても、結局負けたから?


「あー、結局勝ちたいんだなー、わたし。自分からゲームを降りたっていうのに」


       ***


(三人称・桜視点)


 次の朝、日向桜はその野暮ったい眼鏡を置いて部屋を出た。

 重たく見えた長い黒髪も水色のヘアゴムで後ろに結んで。


「……七海に負けないように、私も頑張る」


 そう心に決めて。


( 【第1話】里桜と七海・完 )


       ◆◇◆


ここまでお読みいただきありがとうございます!

第一話いかがでしたでしょうか?


甘夏のこれまでのラブコメの要素をMIXした感じで、


『少女ゲームの追加ヒロイン枠にさえ漏れた女友達キャラを、攻略する方法を探しています。』


の要素を多く取り込んだ夏の物語です!


引き続き、七海の活躍に興味をもっていただける読者様はぜひ

感想、評価いただけると、とても励みになります(≧▽≦)


これからもよろしくお願いします!


もっともっと頑張って、素敵な物語を紡げるようにしますね。

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