ep.1-2 どんな笑顔のレイヤーで隠しても(里桜視点)

 初デートは海辺のカフェだった。

 波の音と心地よいBGM。恋をはじめるには最高のロケーション。

 

 この夏の世界で、私は日向桜ではなく、星井里桜というキャラクターだった。

 見た目も、パーソナリティもかえて。

 小柄なだけの私は、ちょっとだけ見える視点が高くなり。

 胸元もボリュームアップしていた。


 普段の私には似つかわしくないくらいの、派手な露出もちょうどいいくらいに似合うのは、夏の日差しによるものかもしれないし。

 ほんとうの私を探していた私にとって、むしろそれくらいのほうが丁度いい変化だったのかもしれない。


「緊張してる?」


 氷をかき混ぜながら、アイスティーのグラスが汗をかくのを眺めていた私に、そう声をかけたのが、彼だった。


 私は素直に、はい。とこたえたことを覚えてる。


「俺もだから、さ。お互いさま。むしろちょうどいいね」


 そんな一言で、カラリと音をたてて、私のこわばった心の氷はくじけて、溶けだしていった。


       ***


「……ちょい、いい?」


 二限目と三限目の授業の間、中休みと呼んでいる20分ほどのちょっとだけ長い休憩時間になって、私の肩にちょんちょんと触れるものがあった。

 昨日転校してきたばかりの、河野七海さん。


「ナナちゃん。大丈夫だよ」

 

 2Fから、1Fに降りる階段の半ば、踊り場にあたる場所。


「ここなら人もいないし、いっかな?」


 おもむろにスマホを取り出した彼女は、何やら指先でタッチしながらアプリ操作をしているようだった。

 

 ヴヴヴッと震え始めた私のポケットのなか。

 朝から何度となく通知が届き、無視をつづけていた端末がそこにはあって。


 目の前のナナがスマホを耳にあてて何かを待ってる。

 そのなにかが何であるかくらいは、察しの悪い私でもすぐに理解できた。


『……はい、です、けど』

『ごめんね、昼間に。いま学校だよね? わたしのことわかる?』


(わかるよ。だって――)

 

 にっこりと笑みを浮かべて私に目配せをする彼女は、私の知る夏の彼女と何も変わらない存在に思えた。

 ううん、昨日見た時からずっと思ってた。

 彼女は、どんな見た目をしてても彼女らしい。そんな強さと可愛さをもってる。


 それに対して私は。

 アバターで隠した偽物の私とのギャップがあって、言い出しにくかったんだ。


『わかるよ』

『オッケー、じゃあ一回こっち落とすね』


 その一言のやりとりで、通話は終了した。


「ナナちゃん……ううん、七海。……どうして私が『里桜』だって、わかったの」

「わかるよ。だって、わたし里桜のだもん」


 逆に、どうして私が、エタ・サンのなかのあの子と、転校生の河野七海が同じひとだってわかったのか。

 それはシンプルな理由で。

 彼女のエタ・サンでのの名前がそのままに『七海』だったから。

 あとは声と話し方、上矢くんとのやりとりですぐにわかった。


 エタ・サンを始めるとまず、キャラクターメイキングを行う。

 そしてアバター設定をもとに自動的にGPS機能をもとに近くにいるプレイヤー同士に設定が関連付けられる。


 私のキャラクター、星井里桜は正統派ヒロインという役どころを与えられた。

 そしてその里桜には親友キャラがリレーションされていた。


 それが、目のまえにいるクラスメート、七海だった。

 キャラクターネーム、佐藤七海。


 設定上の親友ではあったけど一番話す友達になって、いつしか本当の親友になった子。

 彼女が垢BANされるまでは、だけど。


「こんな……ちんちくりんなメガネかけて可愛くない女の子だって、思わなかったんじゃないの?」

「ううん、イメージ通りだったし。それに里桜はいまも可愛いよ。キャラクターメイクされてなくても、ぜんぜん可愛い、それにイメージが違ったのはわたしもじゃないかな」

「そんなことないよ!」


 エタ・サンをBANされてから少しして、彼女から連絡が入った。

 名前は『ナナ』。プレイヤーアカウントではなく、『ヘルプ・アソシエイト』、通称アソシエイトというプレイヤーの手伝いをするお助けキャラクターとしてだった。


 見た目も大きく変わってたし、プレイヤーネーム『ヒロ』、上矢くんのアバターの義妹という役が与えられていた。


 私はそれでも彼女とまた話せてうれしかった。

 嬉しかったけど、気になった。


――アソシエイトは、恋愛イベント禁止なんだって聞いてたから。


 だから、色々と心配になった。

 彼女もまた、上矢くんのことを好きなことは、嫌ってくらい伝わってたから。


「あのさ、わたし。一言アソシエイトとして謝りたくて、呼んだんだ」

「え?」

「わたし、マニュアルとか読むの苦手なの、里桜も知ってるとおもうんだけど……まー、それで垢BAN食らっちゃったりしたしね。それで……信頼度MAX後のイベント条件とかまた見忘れちゃってて……、里桜のステータス、消えちゃってたでしょ」

「あ……うん」


 私はヒロくんがなにか私に思うところがあって、イベントステータスをリセットしたものだと思っていた。

 マニュアルをちゃんと見てないのは私も一緒だ。


「そういう進捗管理も、ほんとはわたしのおなんだよね。でも、安心して! ちゃんと、わたしが里桜とあいつをゴールさせてあげるから」


 そう言って拝むように両手を重ねて、私に頭を下げる。


(でも……それじゃ。七海の恋はどうなるの?)


 思って、それでも口に出せない、私のなかのずるさがちょっと苦かった。


「え、えっと……うん、でも……」

「わたし、里桜の恋を応援するために、転校してきたんだから!」


 キーンコーンカーンコーン。

 その言葉とともに予鈴が鳴る。


「あ、やば戻んなきゃだね! 昼、また一緒に食べるでしょ?」

「うん……食べるけど。いや、でもさっき言ってたことって――」

「あはは、色々気にしすぎは里桜の良くないところだよ。ね? また今夜にでも、あいつにはイチからイベント立てるよう言っとくから。これからまた頑張ろ」


 二段飛ばしで階段を駆け上がっていく七海のあとを私は追いかける。


 どう言葉で嘘をついても、どんな笑顔のレイヤーで隠しても。

 かくしきれない思いが見えちゃうから、恋なんだよ。


「――七海、そういう顔してるの、自分でわかってるのかな」


 たぶん、私も。

 そんな顔をしてる。

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