【第1話】里桜と七海
ep.1-1 あはは。わたし寂しーやつ!
――ふつつかものではありますが、これからわたしがキミの恋愛シナリオを進めるお手伝いをさせていただきます
VR恋愛ゲームであるエタ・サンをはじめてから少しして、VR上の自宅の呼び鈴を鳴らす少女がいた。
夏休みに親戚の家に遊びにきたかのような、そんな感じの服装だった。
白いワンピースに麦わら帽子。
――よろしくね、にいさん!
転がり込むように一緒に住むようになった彼女は、俺のことを『にいさん』と呼んだ。
――にいさん、だめだって! ちょっときて。うん、そっちの髪型のほうがかっこいいから。
――あー、もう。女の子相手にそんな言い方じゃ嫌われるよ? とくに里桜ちゃんなんかthe・女の子なんだから。ちゃんと気をつけて
――うん、今日のデートはよかったんじゃない? わたしも、いまのにいさんにだったら惚れちゃうかも
お助けキャラとしてのナナがいるときといないときで、俺のゲーム進捗の度合いは大きく変化した。
むしろ……彼女に褒められるためにゲームを進めてきたような気さえしていた。
『この恋愛ゲーム、わたしがにいさんの攻略をサポートする、それがわたしとキミの絆だから、そういうのなんかおもしろくない? ホームズとワトソン。トミー・リー・ジョーンズとウィル・スミスみたいな、ね』
だから、これからも俺は義妹と恋愛ゲームの攻略を楽しみながら過ごせばいいと思っていた。
はず、なんだけどなー。
制服のジャケットに袖を通し、使い慣れた鞄をもつ。
海青学園は、全国的にも名の知れた進学校のため県外から入学する者も多い。
俺もまたその一人で、一年前からは学校から10分ほどの距離にある賃貸マンションで一人暮らしをしていた。
「いってきます」
(まぁ返事する相手もいないけどな)
ガチャリ、とその玄関の扉を開けたそのとき、同じく重たいその扉を開ける音が聞こえた。
「いってきまーす! ま、だれも返事くれるわけないんだけどねー。あはは。わたし寂しーやつ!」
真新しい女子の制服に身を包んだ彼女の声は、聞きなれたもので。
「あ……」
「へ……?」
互いに目を合わせたまま一瞬固まる。
そりゃそうだろ――
「な……ナナ?」
VRの義妹がまさか隣の部屋から出てくるなんて思ってもいないんだから。
「……あ。え。えっと、あー……独り言とか、聞いてた……り?」
「ごめん、聞こえた」
みるみるうちにその顔が赤らんでいく。
銀髪の少女は、手提げ鞄で顔を隠した。
「あー、隣だったんだ、な?」
「……みたい、ですね」
「とりあえず、おはよう」
「おはよう……にいさん」
どうやら俺のVRの義妹は、クラスメートでもあって、ご近所さんらしい。
「学校、一緒に行くか」
「ん、そうする」
***
(桜視点)
「なんで。なんで、なんで、なんで!!」
朝、スマホの画面を見て、私は普段は出さないような大声をあげた。
そのスマホの画面を何度もタップして確認する。
いくら指を触れても、そこに記載された数値に変化はないのだけど。
「ヒロくん……、ううん上矢くんとのステータスがゼロになってる」
――なんでだろう。
なにか私嫌われるようなことしたのかな。
昨日……リアルで、――教室ではじめて声をかけたから?
(でも、私、私が『里桜』だなんて言ってない――)
それに声をかけるつもりなんて最初はなくて……。でも居てもたってもいられなくて――
それが悪かったのかな。
毛布にくるまって、身体を丸くして、感情を押し殺すようにして。
それでも溢れてくる涙と嗚咽が、なんだか醜いもののように感じて。
それもまた嫌だった。
最初はちょっとしたゲームのつもりだったけど。
いつの間にか私の生活の一部になっていて。
あの永遠の夏の世界で、私に笑顔をくれた上矢くんのこと、私は多分好きになってる。
――そんな彼が好きな人が、彼の義妹のあの子だってことも知ってる。
あの子は、私のVRのなかでの親友だから。
『ぴろん』
軽快な電子音でエタ・サンのアプリへDMが届いたのがわかった。
見る気にはなれなかったけど、多分あの子からだってわかる。
私にDMくれるのなんて、あの子くらいだもん。
「……ナナちゃん。私、どうしよ」
小さく呟いて、思う。
(――私の大切な親友が、私の大好きな人とキスをする姿を見てから。ずっと私は情緒不安定だ)
「こんなの、私らしくないよ……」
***
――上矢~さっそく一緒に登校かよー
――おはようお二人さん、仲いいわね~。でも義妹じゃ仕方ないわよね。
――七海おはよ! 上矢くんも! あんたたちのおかげで、なんかもう夏みたいに暑いわ
登校の間、朝からわざわざ声をかけてくることのなかった、クラスメートからも度々声がかかる。
その理由は間違えなくナナなんだけど。
一緒に暮らしている発言から、尾ひれ背びれがついた噂が広まっているのは間違えなかったが、何よりナナの対応力がすごかった。
『あ! 中里くん、そうそう、家からずーっと一緒だったんだよ」
『おはよっ実花。にいさんはあげないからねー?』
『夕莉も夏までにいい相手見つけちゃいなよー? まー、べつにわたしもにいさんと付き合ってるとかじゃないんだけどね?』
そんな具合に順々にクラスメートへ明るく返事を返していた。
「おい、いつクラスの奴らの名前とか覚えたんだよ」
「ん? 昨日だいたいみんなと話したじゃん? そのときだよ」
それは喧噪のなかでクラスの連中が興味本位でナナに近づいたり質問を投げかけたりと、もみくちゃにされていたときのことだろう。
「すげーな」
「んー、そう? ふつーじゃない? ……あ、さくらちゃん!」
教室の扉が開き、ナナの言う通り日向桜が登校してきた。
俯き加減からか、遠目からも落ち込んでいる様子が見て取れる。
「なんか元気なくないか?」
「ん、そだね。HR始まるし、あとで話しかけ行ってくるよ。わたし」
「ああ、女の子同士のほうが話しやすいこともあるだろうし、な」
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